9月から2025年末までまとめることにする。そもそも数が多い上に最初は単独記事にしようとしていた香港を結局やらなかったので、かなり長くなることが予想される。まあ中途半端に分けるのも面倒だし、長いなら長いでよかろう。
○ドライブ1
n氏が関東に滞在しており、sがこちらに来るタイミングでドライブに行くかという話になった。
とりあえず集合してファミレスで昼を食べながら作戦会議。日数から逆算してどこに行きますかという話だが、最初は140などの穏当な意見が出つつも、唐突に佐渡という爆弾をぶっ込んでみたら完全にその流れになってしまった。n氏も心の中では考えていたらしい。フェリーの時間と混み具合を確認したところ、これは十分な観光の時間はないものの一通は無理なく可能という結論になり、そのまま採択。行きは18になるので更についでにということで、高速で水戸に出て50もやることにした。
50は北関東の横断道路で、日本のモータリゼーションの本場ともいうべき場所を通る。意外と起伏がある地形で、交通量は割と多い。基本的に景色は画一なのであまり面白みはないが。晩は謎の店で初めて佐野ラーメンを食べたが、おいしいが正直特筆するほどのものはないなという印象。


高崎からは18号で直江津へ。途中、上山田で温泉に入っていった。歓楽街的傾向の強い温泉地なのでこれまで遠慮してきたのだが、焦げた硫黄臭の温泉でなかなか良かった。とは言え深夜なのに結構客が多かったのは微妙ではあるが…。18号自体は部分的に通っている箇所が結構あるので大した感想はない。
早朝に直江津に着く。予約状況で分かっていたが、休日の初便ということもありかなり混んでいた。乗る前にターミナルでラーメンでも食べようと思っていたが、やけに高かったのでやめた記憶がある。


佐渡に着いて、まずは一番近い宿根木へ。間垣があったりして能登を思わせる風景の集落だ。たらい舟でぷかぷかやっている人がそれなりにおり、コンテンツとしての人気度を窺わせる。漁として乗らないなら片落ちだなあと思いつつ、時代は密漁に厳しく困難である。

小木に戻りここから一通を再開。いきなり一宮の渡津神社に寄っていくが、その後は先に一通を終えてしまい残った時間で順次観光する方針で行く。佐渡は真ん中に平野があり、そこを国道がぶち抜いているのですぐに両津に着く。しかしよく発展しており、さすがは新潟といったところ。
折り返して昼飯でも食うかとうろうろしたのだが、店がやっていなかったり激混みしていたりでろくでもなく、結局無駄にしゃれた古民家で割と高い蕎麦を食うことになった(蕎麦は美味かった)。全体的に観光客に対して観光客向きの店のキャパは少ないように見える。一方でそれなりに都会なのでチェーン店とかはそれなりにあり、結果的に地元民がよく行くそのへんの飲食店も多くはないので難しい。


昼の残りで無難に佐渡金山に行くことにする。まあ見るところとしては正直他の鉱山と大して違いはない。あえて言えば、でかい金塊を展示して触れるようになっているくらいか。鉱脈を掘りまくって山が割れているところは良かった。あと選鉱場は無料で見れ、これもまあまあ。

本当はこのあと島の北をぐるっと回って両津に出たいところだったが、途中まで行ったところでこれは時間が厳しいと諦めた。ドンデン山とかいう謎に激しい峠を抜けて両津に出る。少し余った時間で晩飯とするが、これまた混んでいたりで紆余曲折を経て変な名前の店に入り魚のソースカツを食った。せっかく佐渡に来たからには生魚が食いたかったが、厳しいメニューしかなかった。今回、食事に関しては完敗。

両津からの船は新潟に向かう。朱鷺メッセの奥の埠頭に着き、そこから少しだけ残った区間を走ると最後はお馴染み本町交差点だ。ここに来るのは7→45→6の怒涛の大ドライブ、あれはちょうど土浦で令和を迎えたから2019年以来になるか。しかし49をはじめまだまだここには来ないといけない運命にある。

最後は17で日本橋に向かう。実はこれまで関越トンネルを通ったことがなかったので、初めての上越関東の道路越えは三国峠になった。高崎を越えるとあとは楽勝、と見せかけて旧道は道が細い割に交通量があるのでそれなりに面倒だ。しかも最後大宮でバイパスに入るミスをやらかしているのだが、まあ見なかったことにしよう。あとはいつものように日本橋手前で道を間違えつつもゴール。マラソンの日だったので、銀座のあたりは準備で忙しそうにしていた。割とタッチの差だったようである。このあと、渋谷で自分は離脱した。
ドライブとしては良くできているのだが、佐渡はとてもじゃないが観光したとは言えず、もう一度行く必要がある。広い島なので、山に登るとかもすれば3日は欲しい。しかしこういう大きめの離島は回るのに時間がかかるのであまり足が向かわない。結果的に奄美だ隠岐だといった本来先に埋めておくべき場所がごろごろ残っている。
○ドライブ2
一転して今度は九州である。
元はと言えば、トカラに行くつもりだった。しかもそれは9月の話でもちろん飛行機の予約もしていたのだが、その前日だかに羽田で雷雨があってダイヤがめちゃくちゃになっており、その煽りで飛行機が遅れて船に間に合わない時間に遅れていたので振替して10月のこの日になっていた。で、変更したあとなんでまたトカラにするのをやめたのかは覚えていないのだが、何らかの不都合があったのだろう。そのタイミングでsから連絡があり九州でドライブをやるぞという話にすり替わったという経緯がある。
退社して羽田から鹿児島へ。ラーメンを食い鴨池で風呂に入ってネカフェに入ってこの日は終わり。鴨池のダイエーが閉店した話は聞いていたが、いざ実際にぽっかり何もなくなっているのを見ると寂しい。
翌日は鹿屋で合流することになったので、鴨池からフェリーで垂水に渡り、そこからバスで鹿屋へ。鹿屋は逆にイオンが誕生しておりびっくりした。少し鉄道記念館で時間を潰してから、さんふらわあで志布志経由で来たsとリナシティで合流。



今回のドライブの目的は鹿児島から天草を抜けて長崎までの国道群になる。まずはその前の前座で、504をやるために鹿屋で合流した。これはある意味鹿児島空港アクセス道路みたいな作りになっており、阿久根まで向かう。途中いつものように隼人のAZに寄った以外大したイベントは無い。16時前に阿久根に着いた。花火大会があるらしく人がたくさんいたが、見るほどでもなさそうなのでスルー。阿久根の方のAZにも寄ってここは終わり。
さて、阿久根からは国道499号線が始まっている。これがとんでもない曲者で、阿久根駅前から阿久根港までの100mくらいあった後、長崎半島先端に渡って長崎市内まで続くというものだ。こんなめんどくさいやつは今やっておくしかなく、後で長崎に行った時に続きをやれるよう伏線を張っておく。

ここからメインイベントの389号線になる。これは3号線から分かれて長島、天草に渡って牛深から鬼池、さらに島原に渡り雲仙を縦にぶち抜いた挙句また海を渡り長洲から大牟田でようやく終点というかなりふざけたルートである。誰だこんなルートを組んだやつは。
本土と長島は橋で結ばれており、海峡は渦潮が見られることもあるらしい。残念ながら見れなかったが。長島では船の時間まで観光するが、思ったより広い島だったので消化不良気味。牛深に渡る船から少しだけ阿久根の花火が見えた。


天草は(たぶん)初訪問だ。たぶん、というのは前に上天草は行ったことがあるのだが、その時本島まで渡ったか記憶がないためである。ここに記録は上げてあるので、見返せばわかると思うが面倒だ。別に初めてかそうじゃないかなんてどうでも良いので、気にしないことにする。そのへんの店で夕食とするが、到着がそれなりに遅かったので飲食店があまり空いておらず、ちょっと苦労した記憶がある。
天草を通る国道は、389以外にもふたつある。それが266と324の二本で、夜の余った時間を使って今回324も手を付けることにする。266は熊本市内が起点で、天草の南を通って牛深で終わるのだが、熊本まで出るのはちょっと大変なのと、国道ステッカー回収のためいずれ再訪の必要があるので今回はやらないことにした。一方324は389に負けず劣らず気持ち悪いルートで、三角から始まり北を回って苓北の富岡で一旦終了し、海上区間を挟んで長崎市茂木から長崎市街に向かい、浜町アーケードの中を通って最後は大波止で終わりになる。富岡から茂木は航路は存在しているのだが、高速船しかなく車は積めないので、レギュレーション的にはここは乗らなくとも一通したと言うことは可能である。こいつも最後は長崎ということで、今回まとめて片付けてしまいたい。なお、389は最初266と並走するが途中で分かれて単独区間で西海岸を進み、富岡から鬼池までは324と並走になる。
今回は一通の流れに合うよう進む必要があるので、まず富岡経由で三角まで向かう。この途中、鬼池まで進んだところで389は一旦終わりだ。三角で折り返して324逆走を始め、再度富岡の港まで進んで一旦この区間を終了し、また富岡から鬼池まで進んでこの日の行程は終了という流れだ。もはや記憶の片隅にしかない499も含めて3国道が途中で終わる状態になっており、一体何をやっているんだろうかという気持ちになってくる。
夜なのであまり観光はできないが、教会や三角の港など、かろうじて拾える範囲を拾いながら進み、2時に鬼池の港で寝た。本渡のタイヨーは24時間営業だったりと、思っていた以上に天草は活力がある島だった。いずれにせよ、266のためにまた来ないといけない。

翌朝。この日も良い天気である。日の出のタイミングで起きたので、少し散歩する。明らかに元RICの酒屋があったり、天草四郎の像があったりした。そういえば長崎の種々の教会は前の五島からちまちま見ているが、島原の乱関係のものは全然見ていない気がする。ほどほどで戻ってきて、7時の始発便で口之津に向かう。


口之津からは389を続行。雲仙の山の中を縦にぶち抜いて多比良へと続く。雲仙は少し暗い景色が良い場所があると思っていたのだが、全く無かった。しかし温泉街があるのでそこだけは意外と町という印象。しかし雲仙温泉は57も通っているので、わざわざ縦のこの道を国道指定するほどなのか?とも思える。
389はこの先また長洲へと渡るので、ここで中断して他を倒しに行く。と言ってもここから長崎方面への手頃な国道はないので、特に一通もせず一路茂木へと向かった。長崎と言えばびわというのが桃鉄では定番だが、そのびわの主産地は茂木であり、そして茂木は全く長崎市の一部という感じがしないので奇妙である。本当は初夏に訪れたいところだが、今は秋なので季節外。そのへんの民家の庭先で100円で売っていたみかんだけ買った。
ここから324を再開し、長崎まで。浜町アーケードは朝しか通れないので、ここは徒歩でやったことにした。いつも商店街の店で買っていた激安カステラがちょっと値上がりしていたのがショックだった。あとは残った部分をやり大波止近くの江戸崎交差点に出て324はおしまい。

次いで499をやるために野母崎に向かう。往復はつまらないので県道側を通ることにしたが、そのためまた茂木に出ることになった。ここから野母崎までの県道側はそれほど印象が残っていない。
一通を再開する前に、野母崎の南にある樺島に寄っていった。灯台があるのとなぜか井戸に住んでいるオオウナギがいるくらいで、それほど大した島ではない。その後の499の途中も、時間が少し余っていそうだったので伊王島にも寄った。こちらはかなり観光地感があり、灯台の辺りはそれなりに人がいた。最後は長崎市電の通る大通りを抜けて大波止まで。324とは違い、こちらは大波止が正真正銘の起点である。

夕方になって、再び多比良まで戻り、最後に残った389を続ける。有明フェリーは観光地である島原を結び、時間短縮効果もかなり大きいだけあって乗客もかなり多かった。あとは大牟田までの残り少ない区間をサクッと倒し、これで389も終了。時刻は21時、お疲れ様でした。そのへんの店でラーメンを食べる。
sもこの日は泊まって翌日帰るということで、ネカフェに向かうらしい。何故か福岡にいるわけだが、この後自分も鹿児島に戻らないといけない。しかしこの後の予定も考えていないので、とりあえず同じネカフェに入って考えることにした。ここで解散。
翌朝。鹿児島空港への移動方法の候補は肥薩線が壊れている影響であまり選択肢が取れず、熊本からの高速バスを使うことにした。それまではフリーなので、とりあえず逆方向ではあるが早朝からでも散歩できる柳川へ。実は柳川は全くの初訪問だったというのもわざわざ逆方向に向かった理由の一つではある。思った通りの水の町であり、あらゆる場所に水路が巡っていて良い。この日は何らかの祭りがあるようだったが、時間的にもそれまで待って見ると微妙になりそうだったので散歩だけして戻ることにした。

次いで再び大牟田へ。朝がまだだったので、近くにある朝からやっているカレー屋で食べた。日本人がやっていたが、ミサルパオなる西インドの典型的な朝食らしい。インドは奥が深い。まあ、全部カレー味ではあるのだが。
いろいろな施設が開く時間になっていたので、三池炭鉱を見に行くことにした。宮原坑から専用鉄道跡を歩いて万田坑へ。中が意外と広そうだったのと宮原坑を見た後だったので、万田坑は入るのをやめておいた。近現代の遺産だけあって、建物もかなり残されていて見応えがある。



万田坑から歩いて荒尾へ。この後高速バスに乗ることもあるので、熊本に入る前に玉名で温泉に入ることにした。途中、ラーメンを食べてから公衆浴場に向かうと思ったより時間がない。お湯が熱めだったのでまあ問題なかったが、慌ただしかった。
熊本は水前寺を観光しようと水前寺駅前からバスに乗ることにしていたのだが、上熊本から市電に乗ると思ったよりだいぶ時間がかかり、結局見る時間がなかった。今日はあまりにも時間計算が下手くそ過ぎる。昨日までずっと車移動だったので、感覚がちょっとずれていたか。
バスはそれなりに客がいた。特に熊本市内で渋滞に遭うこともなく、鹿児島空港に到着。最後に鳥刺しでも食べられないかと散歩したが、結局どこも開いていなかった。山形屋はじめ飯屋が混んでいたので、唯一空いていた中華料理屋でで夕食を食べて帰宅。
ドライブにしてはもったいないくらいに天気が良く、かつ面倒なルートをかなりやることができたので成果は大きい。しかしドライブと通常の旅行は質として別物であることも一方でよく実感され、バランスよくやっていかないといけないなという印象がある。ドライブはあくまで細長い線なので、いずれ隙間を埋めていく必要がある。
○伊豆
寒くなってくると伊豆の季節になる。夏の伊豆なんてものは人が多くてやってられず、やはり冬場が良い。今回はバスのフリーきっぷを活用して主に南東側を中心に回った。
初日、早起きするほどでもなく家を出て、まずは宇佐美へ。駅の近くにある台湾料理屋で昼飯にした。最近は台湾料理屋にあまり行っていなかった気がする。特に避けているわけではないのだが、行ってみるとやっていなかったりということが多い。
この後みかんでも買おうと山側に上がったのだが、時期が少し早かったのか微妙なのしかなくて買うのはやめた。しかし伊豆という場所はこんなところでも山の上まで開発されていて気持ち悪い場所である。あとはなにか飲み物を買おうとスーパーに入り、投げ売りされていたキャラメルラテソーダみたいなやつを買ったのだが、思った通りの微妙な味だった記憶がある。


この日の宿は河津に取っていたのだが、電車賃の都合で一つ手前の今井浜海岸から歩いた。ここも大した駅ではないのだが、周りはホテルだらけだ。海岸も半分ホテルのプライベートビーチみたいになっている。うーん。
河津まで歩くと夜になった。歩いている途中セネガル料理屋があったので、そこで晩飯にする。aがストリングホッパーと似ていると主張していたベルミッセルがあったので食べてみたが、別に似ていないと思う。味は悪くはないのだが、玉ねぎの主張が強すぎて最後はちょっときつかった。玉ねぎはいくら入れても良いと思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。
夜は河津の外れにある一軒家のゲストハウス。温泉で安かったので特に文句はない。

翌日。ここからはフリーきっぷ利用になる。今回使ったのは東海バスの下田エリア2日券。東海バスからは様々なフリーきっぷが出ているが、全線はやたら高いので基本的にはエリア権の利用が良い。これはだいたい下田あるいは河津とつながっているエリアが対象になっていて、2日券で1100円だ。待合所でフリーきっぷ利用のことを伝えると、親切にも時刻表をくれた。特に予定を決めていないときのバスのフリーきっぷ利用は時刻表があるとだいぶ楽になるので助かる。
河津から下田まではバスはあるのだが、直接つながっているものは本数がなく、実質的な区間は河津町の端までとなる。そこから街を抜けて下田に入るとこれまた下田駅に向かうバスがあるので、ここは歩くことにする。135を通っても良かったが、ここは谷沿いに付いている昔の生活道路であろう道を通ることにした。集落をどんどん登ると、峠に差し掛かるところにあけびが生っていた。せっかくなのできれいなやつを選んで食べてみるが、素朴な甘さがあって良い。種無しにできれば非常に魅力的な果物になると思うのだが。


峠を越えて下ると、下田に入って板戸一色へ。次のバスまでまだ時間があるので、行けるところまでは歩いておく。このあたりの海岸は砂浜になっており、こんな季節でも多くの人がいた(当然海水浴客はいないが)。あとは近くの神社がそれなりに有名なのか、こちらも人が多かった。追いついてきたバスに乗って下田へ。
下田からどうするかは全く考えていなかってのだが、時刻表で本数と次のバスの時間を見て田牛(とうじ)へ。ここには龍宮窟というパンフレットにもよく載っている海蝕洞があった。写真の通りで2段構えの海蝕洞になっており、割と珍しい光景と思われる。ちなみに、手前側の海蝕洞の上を歩くことができる。また、この横に漂砂が崖錐を形成している場所があり、そり滑りしている子供達がいたが、意外と滑らないのか結構苦戦しているようであった。


道路としてはここで途切れているのだが、遊歩道が西に続いており別のバス路線に繋げられそうだということで、タライ岬なる岬を越える。海岸なので仕方ないがアップダウンが多い。しかし誰もいないのは良かった。
西の弓ヶ浜に出ると、どうもこの日は集落の祭りらしい。一軒だけ休んでいなかった店で昼飯にした。この日はちょうどMLBワールドシリーズの最終戦だったので待っている間アマプラで見ていると、店員にどんな状況か聞かれた記憶がある。山本が最後ゲッツーを取ったのを確認して退店した。


次のバスで石廊崎へ。ここはさすがの観光地で人も多い。周辺を含め公演みたいになっており、謎の無料で入れるボロボロの植物園的なのがあった。しかし天気があまりよくなかったのでそれほど印象が良くない。あと思ったより灯台がしょぼい。


時間があったので一旦下賀茂で降りて少し散歩。あまり覚えていないが降りるバス停を間違えて若干面倒なことになった記憶がある。次のバスで下田へ。
少し街を散歩したあと晩飯を食べようと夜でも魚の定食を食えそうな店に入った。店自体は大当たりでやたら雰囲気も良い割に値段もそこまでだったのだが、ある意味大誤算だったのがここでえらい量のあら煮が登場して大苦戦し、宿に向かうバスに間に合わんぞと大急ぎで退店することになった。最後は吐きそうになりながら走って、既に下田駅で発車済みだったところ信号待ちの間に先のバス停に回り込んだおかげで間一髪間に合った。
この日の宿は稲梓から奥に入ったところにある一軒宿だったのだが、安かった上に風呂が貸し切り利用できて良かった。
翌日。この日は月曜祝日だ。朝のバスで再び下田へ。この日は天気が良い。とりあえず朝飯ということで、検索して出てきた店へ。あまりにもやっているのかどうか不明な見た目だったが、入るとちゃんとやっており、おばあちゃんのワンオペであった。ものすごい雑多な店だったが、居心地の良いところであった。テレビで流れていたのがNHKの病院ラジオだったのだが、これは良い番組だなと思った。

この日はまだ行けていない東の爪木崎に行くことにしたので、バスの時間まで下田を散策。下田公園に上がって眺めてみると、二重の湾構造になっていて良港だと理解できる。

爪木崎は今回訪問した岬の中では最も良かった。天気が良い補正はあるが、標高がなくて浜に降りやすいのが良い。灯台も立派だし、柱状節理もあったりする。戻りのバスが無かったので下田まで歩いて戻ったが、途中道がわからなくなり浄水場的な場所に迷い込んだ記憶がある。

全部歩くと時間が無くなったので、昼飯を適当に買って修善寺行きのバスへ。フリー区間は河津七滝までなので、そこで降りる。ここから七滝の遊歩道を歩いて上のバス停へ。良いところではあるが最初の滝以外は大したことがなかった。とは言えこのまま天城越えして修善寺まで行けば結構いいハイキングになると思う。

バスの時間に合わせて遊歩道を離脱し、来たやつで修善寺へ。温泉街は離れておりめんどくさいので、そのまままっすぐ帰った。小田原の500円のインドカレー屋で晩飯を食って帰宅。
今回はバスのフリー切符をうまく使えたのでかなり満足感がある。公共交通機関は車のような自由度はないが、それゆえにデザイン性がありおもしろい。
○香港
香港エクスプレスのセールで雑に取った。運賃がほぼ0で、燃サとか空港使用料とかで往復2万円くらい。コロナ以降相変わらず飛行機は高いが、まあこれならかなり良い方だろう。
伊豆から帰ってきた3日後の木曜、仕事終わりに成田へ移動し、19時過ぎの飛行機で。窓側席だったが、途中台湾の夜景が綺麗に見えて良かった。多分台中だと思う。香港に着いて入国する前に、制限エリアで朝まで仮眠。なんかねじ曲がったいけずソファだったが、寝相さえ良ければ普通に寝れると思う。
5時前に出国し空港の外へ。地図を見る限り徒歩脱出ができそうだったので、空港島を出て隣の東涌に向かうことにした。途中キャセイの本社があったり、謎の公園があったり。あとはちょっとした丘の展望台に登ったり。空港徒歩にしてはかなりイベントが多くおすすめできる。


東涌の駅中には既に空いている店があり、横並びのチェーン店の片方に入って朝食の粥を食った。香港の食費は日本と比べると割と高いのだが、朝飯に関してはまあ許容範囲という感じ。あと何にでも紅茶がついてくる。粥と紅茶は流石に変だと思うが…。なお、ホットミルクティーが最安で、アイスとかレモンにするとかすると値段が上がる(そっちを頼んでいる客も多い)。どの店でもこの紅茶なのだが、正直味は大したことがない。


食べ終わって外に出ると雨が降ってきた。やってられんので、とりあえず来たバスに乗ることに。なお、地下鉄を使わない理由はバスのほうが安いからである。連れて行かれたのは天水園という北側の新興住宅地の中心的な場所だった。雨はやんでいたので、とりあえず近くにある大きな公園を散歩する。典型的な朝の中国の公園という感じで、太極拳とかやっている人がいっぱいいた。
ひと通り歩いて駅の開店前のショッピングモールも歩いてから次のバスに乗ろうとターミナルへ。行き先を眺めていると口岸という名前があり、これは深圳だろう。確かにだいぶ北にいるし、深圳なら物価も安いので昼飯を食って帰るのも悪くない。ちょうどバスが来たので乗ろうとすると、クレカのタッチ決済が拒否された。なんでか分からないが、これは乗れないらしい。調べたところ、タッチ決済によりバスにより対応具合がまちまちなようである。仕方ないので次に来たバスで香港島行きがあったので、それに乗ることに。実はこのバスも決済が通らなかったのだが、何故か運転手のおっちゃんが乗せてくれた。距離の長いバスなので結構得している。
余談だが、香港のバスは系統ごとに均一料金になっている。基本的には距離に応じた料金だが、香港島に渡るものは高速を通るのでその分高くなる。あるバス停から別のバス停に行くとき、利用する系統により料金は異なるので、気をつける必要がある。また、逆に言うと先の方のバス停で降りるほど得ということになる。


バスにはかなり長い時間乗っていたが、また雨だったのでちょうど良い。香港のバスは電源もWi-Fiもあるのでかなり快適だ。今回、通信に関しては100円くらいで激安だった3GBのeSIMなので、まあ足りなくはないがWi-Fiはあるだけ良い。というか、だいたい先進国に旅行したときバスには電源がついていたので、やはり日本のバスはこの辺りが劣っているだけであろう。
島に渡って終点のあたりで降りた。さっきまでの高層マンションこそあれど広々していた天水園と違い、こちらは想像通りの香港という感じでとにかく全てが密集していた。まだ雨が降っていたので適当に屋内に入ろうとうろうろしていると、ちょうど図書館があったので入った。香港中央図書館と書いてあったので、まあこれが一番でかい図書館なのだろう。建物は中央に巨大な吹き抜けを持つ10階建てくらいになっており、かなり大きく一都市国家を代表するだけはある。1階の隅っこではジュール・ヴェルヌの小展示をやっていたのと、上のフロアに空撮写真や昔の新聞などをたくさん並べている区画があったのが印象的だ。

雨がやんできたので少し歩いて回る。この辺りは中心のビジネス街からは離れ、結構雑多なエリアになっていた。なんかよく分からないものが売っているアジア的景観の商店の並びがあり、奥の山の方には中国らしい高層マンションがそびえ立っている。区画の端の方には小さな道観があり、そこそこの客が参拝していた。今度は少し山の方に入っていくと、傾斜地に高層マンションが連なっている。本当にすごい数あるのだが、一体どれだけ住人が入っているのだろうか。これはこれで、最も香港らしい景観の一つだと思う。
ちょうど山越えして南に向かうバスが来たので乗ってみようとしたが、このバスもクレカは使えなかった。乗るのは諦めて降車。どうも空港や中心街に近いところから対応の機械を順次導入しているようである。見た目が同じバスだからといって使えるとは限らない。この辺りでバスには見切りをつけ、再び海の方に出て地下鉄に乗った。こちらは取り立てて述べるほどのことはない。とりあえず終点の柴灣まで行く。魚市場っぽい建物があったので行ってみたが普通の市場であった。近くのレストランで昼飯。適当に頼んだら胡椒強めのカレーソースがかかった豚肉を揚げたやつだった。味はまあまあだが豚肉が重い。値段は1500円くらいだったか。量がだいぶあるのでそれほど高いとは感じない。当然いつものミルクティーもついている。

ここから歩いて中心街に戻ることにした。が、この試みは失敗。次の杏花邸駅から先が崖地形になっておりまともに歩ける道がなく、試しに行ってみたところは途中から自動車道になったので諦めて帰ることになった。この辺りには砲台が置かれていたようで、地形的には重要な場所のようである。結局、地下鉄で北角へ。ここからは海沿いのプロムナードを西に歩いた。この辺は景色も良いし、開放感があるので沢山の人が散歩したり竿を出したりしていた(誰一人釣れていなかったが)。最初は遠くに見えていたセントラルの高層ビル群がだんだん近づいてくるが、意外と距離があって結構疲れる。
セントラルの辺りは国体的なのが今後行われるようで、仮設のテントなどが設営されていた。そのためかもともとかは分からないが、歩いて通れない箇所が多く苦労した。おまけに雨まで降ってきたので、この辺りの印象は非常に悪い。


とりあえず雨から逃げようと、建物に入った。ビジネス街的なエリアで地下鉄と各ビルがつながっているのだが、いまいち商業施設がどこに入っているのかよく分からない印象だ。なお、ビル同士は結構つながっているので雨に濡れずに移動することも可能であるが、肝心なところでつながっていなかったりするし分かりにくいことこの上ない。
日が暮れたころ、雨も上がったので、坂のエリアを回り始める。やはりこの辺りが歩く分には面白い。この辺りには世界一長いエスカレーターがあるのでそれに乗ろうと思ったのだが、実は上りしかなく下りはただの階段であった。あまりにも虚無。なお、世界一長いといっても20個くらいのエスカレーターの組み合わせである。
いつの間にかかなり遅くなっており、店も閉まってきた。宿に向かわないといけないので、船で大陸側に渡る。船はセントラルから出ており、安いのもあって沢山の人が乗っていた。


大陸側に戻り、宿に向かう。今回の宿はかつての啓徳空港にあるコロナ期の隔離施設をそのままホテル化したもので、安いし出自が面白いという理由でここにした。しかし場所が微妙なので行くのが若干大変であった。バスで向かうが予約サイトに書いてある場所と実際の場所が一致しておらず苦労した記憶がある。なお、宿としては普通。しかし香港は宿が高めか怪しいところかになりがちなので、悪くはなさそうである。スーパーで買ったりんごなどを食べて夕食とした。


翌日。外に出ると送迎バスっぽいのが停まっていたので、それに乗ることにした。学生っぽい複数人が乗っており、どこに行くのか分からなかったが乗っても特に何も言われず、そのまま啓徳の駅に連れて行かれた。ということで、近くにある九龍城砦跡地へ。ここは今では公園になっており、往時の写真や模型などの展示があった。一度くらい行ってみたかったものである。


ここからさらに北に歩き、黄大仙廟なるでかい道観に行った。結構賑わっていたが、そこまで印象はない。中国ならこれくらいの寺院いくらでもある気がするが、香港はそれほどないのだろうか。駅の方に戻って適当なチェーン店で朝食にした。昨日は粥だったので、今回はパスタに。マカロニとかパスタ系もかなり朝食でよく見る。しかし鶏肉とパンも付いており、量はかなり多い。もちろん例の紅茶もある。

この辺の裏山は獅子山と呼ばれ、景色が良いらしいことが分かったので登ることにした。急斜面でそこそこしんどいが、まあ摩耶山の上りよりはマシという程度か。いかにも東南アジア然とした猿がいたが、どうも餌付けされている様子であった。登った先は獅子頭という小ピークが最も景色が良く、香港島まできれいに見渡すことができ非常に良い。背後にこんな山を抱える啓徳空港の異常な立地についてもよく理解できるものである。

来た道を下っても面白くないので、北の方に下る。下った先は沙田、カタカナに直すとシャティンであった。競馬場は街の外れの方にあるらしい。調べてみるとこの日はレースのない日であったが、そういう日は解放しているらしいので、歩いていってみることにした。
競馬場自体は当然何もやっていないのでガラガラだったが、レースコースの内側が公園になっておりドッグランとして解放されていた。ちょこちょこ犬を走らせている人がいる。山で疲れていたのもあり、少し昼寝した。ここは北京五輪の馬術会場でもあったようで、五輪のモニュメントも展示していた。帰りは競馬場の最寄りに馬場というそのまんまなメトロの駅があるのだが、これは開催日限定らしい。隣の火田という駅からメトロに乗る。

いい加減香港の中心部に行くかということで、旺角で降りた。青空商店街になっている女人街をうろうろし、油麻地へ。ここは香港最大の果物マーケットがあるところで、ひと通り見て回った。香港らしく輸入物の果物が非常に多く、特に売り場を賑わわせていたのは岡山の晴王や長野のクイーンルージュなど。柿に関しては紀の川の他スペイン産も多く並んでいた。あとは中国内地産の柑橘類など、非常に豊富。値段的には日本のデパートくらいであった。今回は何も買わずスルー。
夕方になったので夕日を見られる場所に行こうと、香港島の西側の山に登ろうと思い立った。そう思うと飯を食っている時間もなさそうなのでとりあえずバスに乗る。ケネディの先の適当な場所で降りて山を登り始めるが、道に迷ったことを差し引いても普通に時間が足りなかった。流石に思いつきで適当に動きすぎたか。まあギリギリ適当な隙間から夕日を見ることはできたが。あとイノシシがいた。日本のイノシシより巨大で牙が長く、もっとつるっとしていてなんとなく獏みたいな感じ。割とおとなしそうであった。

登ったところから東にスライドし、ヴィクトリアピークを目指す。北向きに水平移動する展望の良い道だったが、ヴィクトリアピーク側からありえん数の観光客がやってきており辟易した。まあ、ヴィクトリアピークにはこれよりはるかに多い人がいたのだが…当然人が多いところに人が多いよりこういう普通の道に人が多いほうがよっぽど不快である。
ヴィクトリアピークには展望台のある建物が2つほどあり、片方は有料だった。無料の方に向かう。中はショッピングセンター風になっており、レストランもどこも満員。展望台も誰か抜けた後ろからすぐに次が詰めてくるという感じでかなりやってられない。まあしかし、重ねて書くが景色はとても良い。疲れたので展望台の後ろの方の椅子で少し休憩した。

ヴィクトリアピークとは言うが、実際のところ真のピークではない。六甲山みたいなものだ。すでにもう2回目の登山なので疲れてはいたが、行かないといけないので行くことにした。真のピークは展望台があるところから道路をどんどん進んで上がっていく形になるのだが、場所が分かりにくい。Googleマップに書いてある太平山のピンが2つほどあるが、両方ハズレである。片方はレーダーサイトなのでそもそも立入禁止、もう片方はただのモニュメントだ。一般人が立ち入れる真のピークはどこかと言うと、太平山頂電波発射站というピンが建っている場所だ。街の景色だけならヴィクトリアピークのほうが上かもしれないが、ここまで来ると島の南側やヴィクトリアピーク周辺の住宅街も視界に入るし、何より人がいなくて空気の通りも良いのでこちらの方を個人的におすすめしたい。もちろん、それなりに手間がかかるが。来た道を戻って展望台まで戻り、ここからは旧道を通って下へ。


また晩飯を食いそこねた。というか、明らかにバテていた。足の疲れ以上に体調がしんどく、なんとかフェリー乗り場まで着いたがそこで動けなくなってしまった。座って理由を考えてみると、昼飯も昨日の残りのりんごなどの行動食で済ませていたので、塩分不足ではないかという結論に達した。ということで近くでポカリを買う。売店より自販機のほうが安かった。そのお陰か分からないが、若干体調はマシになったのでフェリーに乗ってまた対岸へ。
この日は宿がない。明日朝の飛行機で取るのを惜しんだというか、最悪取らなくてもよいかと思っていたためだ。実際、ひと通り回って治安は良いと確認できたので、この日は終夜動くことで宿代は圧縮することにした。
夜にやることと言えば商業施設であり、とりあえずイオンに行った。 香港にはイオンモールはないが、昨日も見た通りイオンスタイルがたまにある。ここで行ったのは尖沙咀のショッピングモールの地下にある店で、売り場は広くなく主に食料品の取り扱いであった。閉店間際で客入りが多いのかどうかはよくわからん。何か土産を買った気もするし何も買わなかった気もする。そのあとなにか食べようかと佐敦のナイトマーケットに行ったが、飲んだくれている人がいるだけであまり気を引かなかったのでこちらもスルー。

結局ここまで飯が適当というかほぼ行動食のみなので、最後に朝飯で点心でも食べようと早朝からやっている店に前進配備することにした。空港に近づく荃湾というところ。このへんは住宅街なのだが、24時間営業の店なんかもありそれなりに繁盛していた。商業施設のWi-Fiが掴める場所でF1を見て時間を潰す。どのGPだったか、どんな結果だったかは何も覚えていない。終わったのが2時かそこらだったので、適当に公園に行ってベンチで横になった。その後3時か4時くらいには健康器具を使い始めるおばちゃんが現れ始め、香港の朝は早い。
点心屋は5時前に行くともう空いていた。会話が一切通じないので全く理解できなかったが、常連客が勝手に入って勝手にお茶を淹れていたのでそれに従い適当に座る。どうも店自体は5時かららしい。5時になると注文を取りに来て、とりあえず茶を何にするか聞かれているっぽいことは分かったのだが、茶のリストがどこにもない。流石にこれならあるだろうと普洱茶と宣言すると無事運ばれてきて一安心。その後は伝統的な点心屋らしくワゴンで店員が蒸し物を配りに来る。海老焼売とおばちゃんにこれを食えと半分押し付けられたなんかよくわからん肉焼売(これが一番美味かった)、適当に取ったら案外さっきのと似たような感じだったうずらの乗った焼売、あとは期待したよりは微妙だったちまきを食べて2000円あまりくらいだったか。腸粉がなかったのが残念だったが、どうも口頭注文しないといけなかったらしい。しかし目移りするくらいいろいろあるのだが、一人だと種類を食べられないのが残念だ。値段はそこそこするが、体験として非常に良いものなので誰かとまた来たいところである。
食べ終わったあとはバスで空港へ。7時に着き、ターミナルで時間を潰し9時の飛行機で成田へ。時差もあるので着いたのは15時前だった。

今回はセールのお陰でかなり安くまとまった。今回みたいに2万とまでは行かなくても、3万円くらいに収まるのならまた行きたいところだ。香港島も意外と広くてまだ見れていないところがたくさんあるし、山も魅力的なところがある。反省点としてはめんどくさがって交通カードを買わなかったことで、まあこれはバスで引っかからないことには分からなかったが、やはりそれくらいはめんどくさがらずに買っておいたほうが良い。次回はマカオ、深圳も行きたいところだ。というか、別に香港でなくても深圳で安い航空券が見つかればそれでも良いのだが…。学生の頃は日本に行き残しが多すぎて海外に目を向けている余裕がなかったが、今思うとちょっともったいなかったかもしれない。バランスの問題と言えばそうなのだが。今くらいの年2,3回海外も挟みつつ残りは国内中心のペースを維持したい。
○ドライブ3
n氏シリーズその2。こちらはもう少し控えめで、1日あるので16号を空いている夜のうちに回るのが目的。
都内で合流し、ちょうど0時くらいに横浜へ。16は全部繋がっていないものの環状扱いなので、起終点ともに高島町になる。この交差点も非常に複雑なので具体的にどこがちょうど0キロなのかよくわからんが、西側に起点っぽい片矢印がある。


今回は時計回りのルートを取る。つまり、横浜から西に出て東京、埼玉、千葉と周り横須賀から横浜に戻るルートだ。なお、富津と横須賀の間に航路はないので、今回は東京湾フェリーを使うことにする。
16号自体は特に面白みのない道で、これが昼間で混んでいたらなかなか耐えられないだろう。一通り回った感想としては、町田はやはり神奈川ということくらいか。ちょうど朝に富津に着いた。岬のあたりでは大学陸上部の合宿で多くの人が走っていた。n氏によると合宿地として有名らしい。


東京湾フェリーに出るには南下する必要があり、そのついでに127もやることにする。こちらは木更津から館山まで。東京湾フェリーの乗り場は通り過ぎ、館山まで行って再度折り返す。途中、鋸南のレストランで朝飯にした。非常に客が多く、首都圏を感じさせる。あと時間潰しに保田の道の駅も寄ったが、こちらも異常な数の客がいた。このエリアそんなに見るところないか?

東京湾フェリーは午前の便にもかかわらずそこそこ客がいたが、特に問題なく最初の便で久里浜へ。横須賀に向かう途中観音崎を見て行った。交通アクセスが良くないので地味な場所だ。観光地としてはまとまりがなかった。

再び横浜に戻る途中、横浜港までの短い133があるのでそれも片付け、高島町に戻ってきて終わり。なんだかんだ17時くらいまでかかった。東京に戻り、解散。
16自体はまあ関東の輪郭というところもありそれなりに見どころある道ではあるのだが、それはそれとしてしょうもない道路である。しょうもなさもまた国道一通の構成要素と言える。
○SAGA
珍しくANAのセールで飛行機を取った。特に強い意志が働いたというわけではなく、なんとなくANAも使っていこうかなと思った、ただそれだけ。ということで、JALの飛んでいない佐賀に行った。なお、帰りは福岡。佐賀空港は観光客的にはアクセスが良くないので、往復両方使う必要性はなかった。むしろ、基本的に高止まりしている福岡の代替と考えるのが良い。
いつものように退勤後に佐賀空港に移動。空港からは徒歩も考えたが、流石に遠いのでやめた。バスで佐賀市内へ。上に観光客的にはアクセスが良くない、と書いたが、これは最寄りの公共交通が遠いという意味である。実際のところ、大して交通量のない道路で佐賀市内に直結なので、ビシネス的にはアクセスの良い空港と言っても良いだろう。

市内では色んなところでイルミネーションをやっているようだった。ということで、佐賀駅まで向かわずに手前の方で降りて見物しながら歩いた。規模としては大したことはないので、分散させずに1箇所に集中するほうが良いように思われる。その後まだ空いている店でラーメンを食べ、ネカフェへ。iboxとかいう九州地場ネカフェだったが、あまり印象はない。

翌朝。この日は嬉野に宿を取った。ネカフェを出てとりあえず佐賀城を見て、その後鍋島まで散歩した。佐賀市内をまともに歩くのは初めてなのだが、さすがは肥前で歴史ある建物も多いし、いたるところに水路があるので歩いていて面白い場所である。ラムーに寄ったら時間がなくなり最後はだいぶ走った記憶がある。

終点の肥前鹿島で降りた。この後は肥前浜の重伝建に行くつもりだったので、ここからは歩くことにする。駅前はなんということはないが、寂れた地場ショッピングセンターがあった程度か。通りの古そうなレストランに入りシシリアンライスを食べる。味は良いのだが一体どういう食べ物なのかいまいち分からない。調べたところ、米+肉+生野菜であれば良いらしい。店は常連で埋まっており割と良い雰囲気だった記憶がある。


肥前浜は重伝建が隣り合って2箇所ある。ひとつは駅前の通りの宿場町で、酒蔵がたくさんありそこそこ観光客がいる。もうひとつは川向かいの通りで、こちらは茅葺きの住宅が数件あるのだが人はいない。スタンプラリー的にはお手軽に2枚抜きできて良い。というか、近過ぎてふたつに分かれているという実感が一切ない。なお、肥前浜の駅も割とレトロな感じの雰囲気である。


次の列車で太良に向かった。このへんの長崎本線沿いに来るのは小6の習いごとの合宿的なやつ以来だ。実質、初訪問と言って良い。太良の駅には観光協会的な人が数人いて、みかんをいただいた。どうも、ちょうど駅中の観光案内所ができたところらしい。何しにこんなところに来たんだと聞かれたが、もう少し自信を持ったほうが良い。まあ、自分もこの辺の中心という以上に大した理由はないのだが。
とりあえずそのへんをうろつく。海辺は有明海らしく潮が引いてだいぶ遠くまで陸が見えた。潮間帯に建つ鳥居のある神社の周りに数件牡蠣小屋があり、最初昼飯にしようかと思ったのだが、なんとなく店構えを見てやめた。あとは市役所やら図書館やら雑多に散歩。役場の横に謎のエッフェル塔みたいなのがあった。


本当は長崎本線から諫早周りで嬉野に入ろうと思っていたのだが、この先列車の本数がかなり少ないことが分かった。なのでここからは戻るしかないが、すぐ戻るのも面白くないということで、ここから南に進んだ糸岐という集落まで行って、バスで折り返すことにした。
糸岐までは海岸の道を歩いて1時間くらい。パンフレットによると山沿いについた古道もあるらしいのだが、時間が読めないのでやめておいた。集落は非常に静かな湾内にあり、いたるところでみかんが栽培されていた。原付で横を抜けていったおっちゃんがドライバーを落としたので追いかけて届けてあげたところ、お礼にみかんを15個くらいいただいた。こちらからしたらとんでもない量だが、向こうからしたら半無限にあるのだろう。そんなこともあり、割と印象深い場所である。


再び肥前鹿島に戻り、バスで嬉野温泉へ。今回の宿は明らかに何かを居抜いたか改装した激安ゲストハウスで、いいところだが相当変だった。宿のおばちゃんと雑談したら、どういう経緯か自費出版のCDをくれた。なんでも民謡などをやっているらしい。まだ再生はしていない。
宿は安い代わりに温泉がなかったので、公衆浴場のシーボルトの湯に入る。以前高速バスで嬉野に停まった際にやたら硫黄の匂いがしたので硫黄泉だと思っていたのだが、普通にナトリウム塩化物泉らしい。あの硫黄の匂いはなんだったんだろうか。まあ美人の湯として有名なので、こちらのほうがしっくり来る話ではある。晩飯は結構並んだが宿のおばちゃんに勧められた豆腐屋で食べた。温泉水で炊いた豆腐で、普通の豆腐だがやたらうまい。値段相応かと言うと微妙かもしれないが。


翌日。豆腐が美味かったので、また別の店に豆腐を食べに行った。こちらは1000円で湯豆腐おかわり自由なので2回おかわりした。もう一回できなくもなかったが、なんとなくやめておく。

この日はまずバスで波佐見へ向かう。波佐見と言えば焼き物の街だが、有田、伊万里と比べるとどうしても格落ちの印象がある。実際のところ、高級志向の磁気の有名な有田や伊万里と違い、こちらは庶民的な陶器の街という差が大きいのだろうか。町中には窯もたくさんあるし、陶器もそこら辺で売られている。あとはやきもの公園というのがあり、古今東西の窯が展示されておりマニアックだが面白い。


町の西には皿山という集落があり、ここも窯の集積地なのだが、町中のチラシでこの日公民館で人形浄瑠璃をやるという情報を得たので見に行くことにした。全く知らなかったのだが、長崎県の無形文化財に指定されているらしい。皿山までは意外と遠いのだが、歩いていく。到着するとちょうどいい時間であった。普通の公民館で、椅子席が2,30人分くらいか。7割くらいは埋まっていた印象だ。演目は冥途の飛脚、新口村の段で、太夫はいないので文楽座かどこかに吹き込んでもらったのを使っているらしい。細々と受け継がれている手作り感ある演目であった。まあ、今なお伝承されているだけですごい。最近補助金が降りて、それを使って八百屋お七をやろうとしているらしい。いずれにせよ、偶然良いものを見れた。
終わったあとは三川内まで歩いて抜けて、再び鉄道で有田へ。なお、三川内も同じく焼き物の街であり、道の駅の横に無料の資料館があったりするので、短い待ち時間で少しだけ見物した。道の駅では謎のイベントが行われていたが、出店以外はよく分からなかった。一体何だったんだろうか。
有田は行き過ぎて、上有田で降りる。今の街の中心からは外れるのだが、こちらには採石場がある。行ってみるとほぼ山は削られ尽くしているように見えるが、一応まだ現役らしい。山一つの体積というのはいまいち想像がつかず、ポートアイランドの造成に西神周辺の山を削ったらしいが、それくらいの土砂で本当に島一つ作れるんだろうかという疑問がある。
有田と上有田の間には古そうな町並みが続いており、焼き物の街らしくレンガの壁も見られる。もうひとつドンバイ壁というのもあり、これは窯に使う耐火レンガを再利用した壁らしい。活気は全く無いのだが、雰囲気は良いのでうまく活用してもらいたいものである。

有田に近づくとだいぶ町に賑わいが出てきて、歩いている観光客や外国人も多くなる。表通りに大方の陶磁器の販売店やカフェなんかが集まっており、非常にコンパクトな作りだ。まあ自分にはあまり用がないのだが。高台の神社の鳥居が磁気だったのはいかにも有田という感じで良い。

このあたりは動き方が下手くそでいろいろあったのだがそこは省略し、松浦鉄道で伊万里に出る。散歩ついでに若竹丸で晩飯でも食おうと思ったのだが、ありえないくらい混んでいたので撤収した記憶がある。夜だったのもあり大して観光はできず、今度松浦方面に行くときに再訪としたい。
この日は宿のために唐津のネカフェに向かう。これに関してはより安価な宿の選択肢がなかったからという消極的な移動で、結構微妙な選択だったかという気持ちが今もある。一駅手前で降りて新中華で晩飯を食ったのだが、これもなんか微妙な選択だったなと当時は思った記憶がある。どういう理由だったかは覚えていないが。


翌日。この日は朝から島に渡ることにした。すぐ沖に見えている高島という小さい山だ。唐津城のたもとから1日5往復くらいは出ているので難易度的には低い。客は小さい高速船に半分くらい乗っていた。島には宝当神社というのがあり、開運スポット的な感じになって宝くじが売られていた。なんか俗っぽい島だ。島らしさはあるのだが、街に近いだけありカジュアルな感じ。島を一周しようと思ったが、次の船を待つほどでもなかったので1時間ほどの滞在で唐津に戻る。


唐津はこれまで何度か歩いているのだが、毎度のように唐津城や唐津銀行など回る。結構コンテンツの多い街なのだが毎回微妙な時間しかなく全部は見れていない感じだ。今回も旧高取邸が開いていなかったりで、相変わらず積み残しが発生している。

夜のうちに福岡市内に出たいので、東に進み始める。途中、人生で未訪の糸島に寄っていくことにした。糸島も広いので車がないと回りづらいのだが、とりあえず西の端の一貫山という駅で降りた。とりあえずGoogleマップに乗っていた椛島家住宅というところに行くと、特別公開をやっていたので入ってみた。普通の古民家のだが、寺の名前も書いてあるので寺でもあるらしい。見ていたら住職らしき人が出てきて、展示している書などいろいろ案内してくれた。「人生やりたい放題やれ」とか「大学出ている人間なら絵を描くとかピアノくらい弾けないとダメ」とか大変ありがたい言葉を頂戴した記憶がある。住職でありつつ幼稚園の経営もやっているらしい。その後お茶とお茶菓子までいただき、謎のイベントだった。
その後近くにある神社も紹介されたので行く。某漫画の修行パートで斬ってた岩のモデルだとかなんとか。何年か前に帰省した際暇だったので実家においてあるのを一気読みしたのだが、一気読みだった上最初の方なのであまり記憶がない。


続いて箱島神社なるややレビューの多い神社があったのでそこまで歩いていったのだが、大したところではなかった上に歩道がないので面倒だった記憶がある。このすぐそばのレストランで昼飯。アコウの姿造りの定食が3000円しないくらいで出ていてだいぶ驚いたのだが、コスパよりコストが気になる人間なので手が出せなかったことを後悔している。他にもアカヤガラなどいくつかあったのだが、普通に1000円台だった日替わりを食した。キハタかなんかの刺身とカンパチの煮付け。店主は糸島で魚を仕入れているらしいのだが、もう寒く年末も近いので漁師が高齢化する中で入荷も減っており、なんとか大きいカンパチを仕入れたのでこれでしばらく粘るらしい。と言いつつ自分の分で日替わり用のアラがもう終わったので普通に身を入れたと言っていたが…。魚の入荷もその日次第なのだが、客にこれはどんな魚だとやたら聞かれるので仕方なく魚の画像を印刷したマグネットを作って貼るようにしたところ、今ではかなりの種類になったとのこと。他にも神社に駐車場がないから敷地に勝手に停められるだとか、愚痴だったりいろいろ面白い話は聞けた。こんな周囲にほとんど建物のない場所でレストランをやる方も大概だと思うが。そのあたり含めいい店だったので、今度近くを通ることがあったらまた行きたい。しかし野菜も魚も糸島はすべて揃うのが良いと言う点については相当自信を持っているようで、やはりファーマーズ全国最強なだけある地域である。

糸島の沖には姫島というこれまた小さい島があるので、そちらに行くことにした。船は岐志という牡蠣小屋が並ぶ小さな港から出る。バスの本数もないので歩いていくが、途中東南アジア系の集団にバス停はどこかと聞かれたりした。そのバス停は片側にしかバス停がないタイプで、その片側に反対は道路の向かいで待てと日本語で書かれていたので理解できなくて仕方ない。向こうもそのへんの通行人にそんなことを言われても不安だっただろうが、こちらとしてはこれ以上どうしようもない。旅行していると外国人の労働者が増えているのは北海道から沖縄まで全国共通で、明らかにコロナを境に変わったなと感じる。東京は地方からストローできるが、地方はその先がない。そういうわけで、外国人労働者は地方のほうが増加が顕著であるように見える。国内はこれくらいの解像度で物事が見えるので、やはり国内は終わりがなく、その都度ちゃんと巡ったほうが良いなと思う。
話がそれたが、姫島は高島同様そこまで本土から離れているわけでもないのだが、こちらは出てもその先が糸島の端ということもあり、より島らしさを保っているように見える。この島は猫が多く、観光地でもなんでもないので穏やかで良いところだ。堤防沿いの道を歩いていると、堤防の上を猫がとことこと5分以上にわたって着いてきた。こちらが止まれば向こうも止まるし、こちらが歩き出せばまた着いてくる。当然餌もなにもやっていなのだが。急に相棒を得たような、えも言われぬ感情が湧き上がってきてとても印象に残っている。今も元気にしているだろうか。



岐志に戻り、バスで戻る。前原までは行かず途中で降りて、鳥で晩飯にした。論外な伊万里本店と違い、糸島店は比較的空いている。本物の鳥は初めてだったが、正直偽鳥とそこまで味の違いは分からなかった。
その後、乗り換えのある前原で少し散歩してから姪浜へ。地下鉄に乗り継ぐ分の料金がかかるので、ここから歩いてネカフェへ。余談だが、この間で駅メモの駅数が9000を超えた。9100まで残すはホームストレートだ。
翌朝、橋本から地下鉄で空港に行き、飛行機で帰ってそのまま働いた。


佐賀はあまりにも回れていなかったので、今回でだいぶ埋めることができた。九州は人と車で回ってばかりだ。そうなると行けていないところが当然たくさんあるので、まだまだ埋まっていないところもたくさんある。しかもこのへんは地味に離島が多い。継続的にやっていかないといけない。
しかし今回は謎に人とのコミュニケーションが多い回であった。ときどき、そういうことがある。
○年末
年末はちょうど27からフリーだったので、18きっぷを使おうと思っていた。分割利用ができなくなり利用価値が激減した中で、明確に移動の必要と十分な日程があるため唯一出番がある条件と言ってよいだろう。
初日は職場の人々と石打丸山に行こうかという話があったのだが、気温が高く雪が全然ないということで、前日に延期になった。…のだが、なんとなく天気は良いので気が変わって滑りに行きたくなったこと、ちょうどムイカがこの日オープンでリフト券半額になることを知ったこと、深夜に関越道の大規模な事故があり確実に客が少ないと読めたことの3条件が重なり、急遽1日分を使ってムイカに行くことにした。
この日は新しい板のデビュー日でもあった。今までよりは硬い板になったので、最初はだいぶ戸惑った。ラディウスをあるていど意識すると言うか、板が勝手に曲がろうとするのでそれに合わせて勝手に体が戻っていく感じがある。最初はそれがうまく行かず、緩傾斜のところで急に逆エッジが入って転けたりした。とは言え、午後にはだいぶ慣れたが。
確かに雪はあまりなかったが、人も少なかったのですこぶる快適。むしろこれだけ人が少ないなら思い切って上越国際とか大きなゲレンデに行っても良かったのかも知れないが、あくまで新しい板の慣らしを重視したのでまあこれで良いか。この日は一旦家に帰る。


翌日、板を家に置いて再出発。中央線で西に向かうことにした。
関西まで戻るとなると、あまり時間はない。今回は甲斐大和で降りて天目山の方へ少し散歩した。とは言えあまり奥まで行く時間はないので、勝頼の墓がある景徳院まで行って折り返す。


次は松本で降り、小木曽でそばを食べてから浅間温泉まで散歩。浅間温泉は初めてだったのだが、道中に現役のマイショップがありびっくりした。この磁気の温泉地だけあり、人は多い。ここまで来れば松本市街がよく見えるものと思っていたが、意外と眺望の良いところがなかった記憶がある。
この時期は日暮れも早いので、下まで戻ってきた頃にはもう辺りが真っ暗になっていた。松本城がプロジェクションマッピングをやっているという情報を昼に見たので見に行ったが、結構派手な演出がされていて客もかなり多かった。ダムでやるよりは観光的には良いと思う。まあ、ダムでやるのは電力の自家消費という点では良いのだが。


この日は時間的に名古屋でストップ。西口で適当なものを食べようと思ったら、どこもありえないくらい混んでいて嫌な気持ちになった。これが年末か。仕方なく前行ったスリランカ料理屋に行くと、当たり前のように誰もいなかった。落ち着く。
この日の宿は亜熱帯。
翌日。
この日は午後に京都で恒例のボルダリングからの龍門からのオプションで麻雀が発生するものの、それまでノープランだったので、とりあえず行ったことのない真清田神社に行った。熱田の影に隠れているが、でかくて立派である。一宮の駅はいつの間にか要塞化されていた。


米原で琵琶湖線が遅れており、一方ですぐに長浜行きが来たのでそれに飛び乗った。長浜で降りて少し散歩。城の宣伝で初めて来年の大河が豊臣であることを知る。長浜も実はあまり観光できていないのだが、琵琶湖線が派手に遅れる中でこの後北から湖西周りで行きたい気持ちがあり、そこは諦めてさっさと塩津に向かうことにした。乗り換えて今津へ。
湖西は毎度通過のみで観光しなかったことに対して後悔があったので、ちょうどよい機会だ。今津は竹生島への起点になる場所で、港に行くと琵琶湖周航の歌が流れており船待ちの客がいた。琵琶湖周航の歌は割と最近までわれは海の子とごっちゃになっていたのだが、出だしが似過ぎているので許してほしい。そもそも琵琶湖周航の歌自体、京都にいなければタイトルすらほとんど聞かない気もするが。あとは魚屋が数軒あり、もちろん琵琶湖の魚が売られているのだが、その中に雑魚焼なるものがあった。モロコだとかワカサギだとか、そういうの以外を全部雑魚としてまとめて焼いたり炊いたりしているらしい。食べてみると、確かに1匹ごとに味が異なり面白い。琵琶湖の漁獲も年々減っていると聞くが、文化として残ってほしいものである。


続いて、隣の新旭からあるいて針江の集落に行った。ここは高島のいわゆる水郷のひとつで、集落のいたるところを水が流れている。しかし観光客はあまり歓迎されていない感じの雰囲気だったので、適当に歩いてさっさと撤収。まあ確かにツアー客とかはさておき個人の観光客なんて金も落とさないし不審者と何も変わらんという話ではあるのだが…これ以上は言わないでおく。


京都駅から歩いて大学の方へ。久々に関西のうどんが食べたくなったので、そのへんの昔からやってそうな店に入って卵とじを食べる。やわらかくて優しい味のうどんで、まさに食べたかったもの。麺は讃岐で良いのだが、讃岐の出汁は塩気が強いのでトータルでは関西のうどんが好みである。
ボルダリングは会社の同僚とばったり出くわすという意味不明な出来事があった。お互い東京で働いているにも関わらず。当然ながら向こうも滅多と来るわけではないらしい。自分も年1,2回なので、ありえないことが起こったという域にある。その後の龍門はいつも通り優れており、麻雀は微妙にプラスで終了した。その後一旦実家へ。


実家にいても掃除などの手伝いに駆り出されるだけなのと、18きっぷがもったいないので仮眠してから出発する。どういう思考回路で動いたか全く覚えていないのだが、適当にJRに乗って最初おおさか東線に乗ろうと柏原に向かった後、何を思ったか山陰に行きたくなり津山に宿を取って終電で向かった。津山線の駅メモ埋めだろうか。


翌日。この日が大晦日になる。津山を出て、智頭を回って鳥取へ。因美線の智頭より南は過去に通ったことがないと記憶しているので、乗りつぶしだったんだろうか。


鳥取からは東に進む。ここは明確に過去ほとんど行っていないエリアで、兵庫出身にも関わらず但馬をほとんど訪れていない状態だったわけだ。諸寄、餘部、浜坂、香住と順番にたどる。いずれも冬の日本海らしい雰囲気があり、気持ち的には見たいものが見れたという感じだ。香住はカニ屋が賑わっているものと思っていたが、流石に年末が近過ぎたのか閑散としていた。



続いて城崎温泉へ。ここも一人では巡ったことがない。しかしこちらは一転してすごい人出であった。通りもかなり混んでいる(といっても一部だけだが)。せっかくなので公衆浴場に入ったが、こちらもかなりの人であった。
最後に、江原のバーガーシティで晩飯にした。大晦日まで営業されており、全く頭が下がる。ここはいつか行かねばとだいぶ前から思っていたので、閉まる前に来れて良かった。まあ、当面は続けそうな活気があるが。あとは実家に戻り、そばを食って年越し。
この件に関しては年末まとめ記事があるので総括はしない。まあ、こんなもんだろう。
○その他
9月の初めに梨リベンジをやった。今度は彩玉狙いで埼玉へ。久喜からモラージュ菖蒲のあたりまで、バスと徒歩で散策した。少し時期的にも遅いので苦労したが、無事地図に乗っていない直売所で彩玉を購入できた。普通に豊水とかを買う分には、モラージュの中にあるスーパーとか農産物の販売所とかに行けば無限にある。モラージュ以外にも久喜のヨーカドーや鷲宮のアリオなんかも行ったが、結構特徴が違っていて面白い。初訪問だがモラージュはかなりしゃれていて、ららぽーとより一段凝っている印象がある。


ーー
10月の初め、親が誕生日で飯を食うから暇なら来いと言われ、大阪まで行ってきた。ちょうど秋の乗り放題パスの時期だったので、在来移動。行きは法多山に寄っていった。トライナリーで知って以来、いつでも行けると思いつつ微妙に駅から遠かったのでようやく訪問が叶った。当然団子も食べる。可睡齋もいずれ行かねば。あと安城も寄った。こちらは梨目当てだったものの空振り。コロナワールドとららぽーとだけ見て戻ることになった。新美南吉が下宿していたとかなんとかで、やや町も推しているらしい。夜に大阪に着き、中華料理を食って実家で就寝。

帰りは中央線周りで。こちらは当然時間がかかるので、あまり寄り道もなし。塩尻でぶどうを買いに行ったのだが、駅から近いところに何軒かあり、ちょうど乗り換えで余儀ない停止が発生する可能性が高いので今後も意識しておこうと思う。あとは諏訪でまあ一応行っておくかと片倉館に行った。広いが人も結構多いし結構塩素臭があるしで、まあこんなもんやろなと思った通りのクオリティで、下諏訪の銭湯で良いと認識。あとは甲府で小作を食べて帰った。大した寄り道でもないがこれだけコンテンツがあるので中央線沿いはやはり優秀。

翌日は普通に仕事だったのだが、一日余ってもったいないので、気合の15時退勤を決めて千歳烏山へ。特に何があるというわけでもなかったが、行ってみたかったので。実際大して何もなかったが、中秋の名月で月が綺麗だった記憶がある。まあフリーきっぷの余りを有効活用できたということで、それで十分だ。一応駅メモは新駅だし。

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12月に家族が来た。なんかディズニーに行ったらしいが、金曜だったので自分は行かず。その後の土曜日はどうするのかと思っていたが、前夜に急に日光に行きたいなどと言い出したので、車を借りていくことになった。自分はついこの前行ったとこだが、まあそれは言わないでおく。とりあえず東照宮に行き、その後華厳の滝へ。結構遅い時期だったのでいろは坂は冬季タイヤが望ましかったが、ここ数日の気温と現在時刻、ライブカメラの状況から問題ないと判断して上がった(実際問題なし)。滝だけ見てさっさと帰る。しかしそんなに埼玉には魅力がないか…。

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飯関係の話。孫の奢りキャンペーン(p○yp○yの20%キャッシュバック)を近所でやっていたので、結構飯屋開拓をした。正直2割返ってくるからといって自炊するよりは高いし、人が来たときのために知っておくかという言い訳を立てておいたところで誰もうちには来ないのだが。まあしかしそれなりに良い店も分かった。ただ、結局2割引き無しでまた行くかと言うと、少々腰が重い。結局、何をするにも理由はふたついるのだ。
あとは海外料理系もいくつか。退職した同僚とアラブ料理屋に行った。アラブ料理は食べたことがなく、説明不能な味のものもあり良かった。クナーファがおいしい。激甘ながら、店主によるとこれでも抑えめらしい。あとはpが来たので回転火鍋屋に行ったりした。回転寿司が回転しなくなる中、こちらは若干景気が良い。まだ日本人には一切広まっていないと思われる。

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スキー板を買い替えた。適当に神保町に行き、最初石井スポーツにしようと思ったが、なんか店員が他の客にかかりきりになってるしで微妙だったのでカンダハーで買った。予算とかも特になかったので、半分店員に勧められるままに買う。atomicの若干良い板と、rexxamのブーツ。買ったあとでこれだいぶテンプレ中年基礎スキー勢っぽい組み合わせやなと思いちょっと後悔している。まあものに不満があるわけではないのだが。特にブーツはもう一段くらい安いのでも良かったかな。もともと板も靴も親のお下がりで、板は母親が20年くらい前に使っていたやつ、靴は父親が40年くらい前に使っていたやつというとんでもない状態だったのだが、ようやく買い替えたので呪縛から解き放たれた気分だ。別に親との確執がとかそういう意味ではなく、まだ使える物の買い替えが苦手な自分の呪いという意味で。あまりにも資本主義に向いていない。ちなみにストックはいつからあるのかもわからんやつをまだ使っている。こっちも身長に合っているのかよくわからんので買い直すべきなのだが。
ーー
これはリアルタイムの話で今は半年後の2026年6月にあたるのだが、最近管理画面のアクセス解析によるとこのブログの訪問者が有意に多い。というか4月くらいから倍以上になっている。まあなんとなく想像はつくのだが、昔興味で入れてずっと放置していたアナリティクスを起動して、なんだこのわかりにくい説明はと思いながら見てみると、どうも国籍は中国が多く、平均のページの閲覧時間が1秒に満たないことが分かった。半分は想像の通りだったが、正体は恐らく中国AIが学習データを集めているのであろう。半分は、というのは中国に限らず生成AIが検索でここにアクセスしていると想像していたので、AIという部分だけがあたりという意味である。それはさておき、それくらい好きにするが良い。ただしAIも学習する日本語は選んだほうが良いとは思うが。
なお、このブームは1ヶ月足らずで終了し、アクセス数はもとに戻った。平和。
これで2025年分まで終わり、今が26年7月なので半年あまりの遅れになる。少しずつ追いついてきている。年末までは厳しそうだが、来年くらいには追いつきたいところである。