焚き付け

主に日記を書く

2羽のかもめ

 2026年に入り、4月までまとめることにする。遂に年が現実に追いついた。めでたいことである。

 

○ジャンプ

 スキーを買い替える景気づけにと、セールで飛行機を取った。が、当日になって板を羽田まで運ぶのが億劫になり、結局持って行くのはやめてしまった。さらにその後飛行機の遅延があり、新千歳到着は23時になった。宿は取っていなかったところ補償の連絡があったので、これ幸いにと千歳の宿を取ったのだが、いざ最終のエアポートに乗ると特快タイプで千歳には停まらないことが判明。もう乗ったあとだったので、諦めて南千歳から車しかいない雪道をひたすら走った。板を持ってこなくて良かったかも知れない。なお、宿代が朝付き12000円程度で全額補償が入ったので結構いい話である。那覇から羽田の最終とかもそうだが、ちょっとの遅延で補償が入るものは積極的に狙っている。

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 翌朝、朝食を食べていると、NHKから流れていた某女児が無知を断罪する番組でスキージャンプでなぜ怪我をしないのかという話題を扱っており、答えが確か1mの高さから降りるのと変わらないからみたいな感じだったのだが、それはトートロジーやろと思うなどした…というのはさておき、これで今週末が札幌W杯ウィークであることが分かったので、オンラインでチケットを買って見に行くことにした。

 本戦は翌日なので、この日は適当に付近を観光することにする。札幌近郊のバスの1日券があるのでそれを使うことにした。まずは区間の南限である北広島へ。実は降りるのも初めての駅で、いずれエスコンの試合でも見に行きたいが今回はスルー。割にすぐバスが来たので、これに乗って大谷地へ。

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 大谷地駅には立派かつレトロな古いバスターミナルがあり、趣深い。後に他の駅でも見かけることになるが、豪雪地帯なので、こういうのも必要なのだろう。今時こういう立派なバスターミナルは九州にあるくらいであとはめっきり見なくなったので、なかなかテンションが上がる。地下は周辺の商業施設と繋直結で、中国の地下鉄駅みたいだ。まあこれも雪国の光景であろう。

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 バスを乗り継いで新札幌へ。こちらも駅直結のイオンはかなり立派でデパートみたいだ。ここからさらに乗り継いで北海道博物館と開拓の村へ。北海道博物館は立派なのだが、中身はまあよくある県立博物館と言って良い。入るといきなりナウマンゾウがあるがこれは忠類でも見られるし、上の階の展示も一般的なものなので、他の道内の博物館を見ていればわざわざ来なくても良いかな、という程度のものと思う。まあきれいな博物館ではある。一方で開拓の村は道内からあらゆる建物を移設して集めてある。あまりにもフェイクなので食指が伸びなかったのだが、めちゃくちゃ数がありもはや一つの街みたいになっているのでテーマパーク的な良さはある。実際、個別の建物としては見応えがあるしいいところだと思う。本当に広いので、真面目に見ると数時間かかる。なお、今回訪問したのはJALのアニメツーリズムキャンペーンで500マイルもらえたからである。ゴールデンカムイらしいが、旧庁舎とかが出てくるんだろうか。見ていないから分からない。

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 折り返しで新札幌まで戻り、適当にバスを見繕う。時間的にはまだもう少し遠くに行けそうということで、江別行きに乗った。終点の江別駅に乗り、少し歩く。以前駅の近くに初代セコマのロゴが残っていたのがだいぶ前にシャッターが降りて見れなくなったということで、当時を見たことがなかったので一縷の望みをかけて見に行ったのだが、やはりシャッターは降りていて確認できなかった。まあやっぱりないと確認できたので十分である。

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 戻り方向のバスに乗るが、そう言えば昼飯を食べていなかったのでバス停の近くにあるトリトンに行った。といってももう5時を過ぎており余裕で晩飯だが…。まあうまいのだが、正直北海道に行くなら行くべきというレベルではないように思う。値段なりかなという印象。回らない寿司屋って高い店に入らなければ意外とそこまで高くなくて、一方で高い回転寿司はちょっと気を使っても案外いい値段になるのだ。

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 そのままの勢いでイオン江別店にも寄り、さらに開拓の村の分岐の近くで行きに見つけた温泉に入りと、各駅停車で新札幌に戻る頃には19時半になった。ここからさらに大通公園までバスで向かい、適当に空いてる店でラーメンを食べてから札駅近くの宿へ。今回は当初スキーを持ち込むつもりだったのでホテルである。6000円くらいだったか。宿代が高騰する冬の札幌にしては割と頑張っている方であろう。

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 翌日。いよいよこの日はジャンプW杯開催日である。動きがどうなるか読めないので、とりあえず地下鉄1日券を買った。朝のうちに少し散歩と中島公園に行き、あと買い物も兼ねて東札幌のイオンにも寄ってから折り返して円山公園駅へ。ここからシャトルバスで9時過ぎには大倉山に着いた。もう競技が始まっており、スタートの早い葛西などはもう飛び終わった(予選も突破せず)あとであった。まずは建物に向かい、なぜか先着で配布していた円山動物園の無料券をもらう。なお、W杯の入場料(自由席)は1600円で、円山動物園の入場料は800円である。そしてW杯観覧車はオリンピックミュージアムに無料で入れるのだが、これの入場料は670円である。さらに会場では謎エナドリ無料配布もあったので、もはや実質無料どころかマイナスみたいなもんだ。この日は男子で一日で予選決勝をやる形式だったが、試合の方は順当にプレブツが優勝、2位が僅差で小林であった。表彰式で「ちょっとは手加減しろ」という野次を飛ばしているおっさんがいたが、その後ドメンコールに喜んで参加しており良かった。

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 スキージャンプを現地で見て楽しいのかというと、これは案外楽しめる。選手が飛ぶ間隔が短いのでそこまで暇はしないし、別に数人見なかったところでまあ別にいいか、くらいの気楽さで見れるし、なんだかんだ聞いたことのある名前が出てくるだけでちょっとテンションが上がる。それに飛型なんかはテレビのほうがよく分かるものの、どのへんまで飛びそうかとか、そういうのを見るには現地の方がいい。あとはやはり外国から来て応援している人も多いので、お祭り感はある。

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 表彰式が終わったあと、突如中村のトークショーが行われたのでそれを聞く。今は拠点をスロベニアに移しているようだ。クイズコーナーがあり好きなアーティストはという問題だったのだが、飛んでいた時に何らかのボカロ曲がかかっていたし札幌だしで明らかに初音ミクだろと思いながら出しゃばって正解してなんかもらうのもアレなので黙っていたが、案の定そのとおりであった。流石は札幌の統治者。あとはフライングヒルの話が出て、大倉山にも作ってほしいという話があった記憶がある。正直これはかなり見てみたい。ノーマルヒルはもうあまり見なくなったし、この辺は競技の先鋭化に伴う時代の流れがある気がする。

 トークショーの後、オリンピックミュージアムを見に行った。みんな昼とかに行ったのか、案外空いていてゆっくり見学できた。ここは結構いろいろ展示があり面白い。体験コーナーも充実しているが、スケートとかボブスレーとか結構体力を使った記憶がある。

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 すでに16時を過ぎており、円山動物園は閉園が近いので明日に回すことにした。円山公園駅へバスで戻ると、ターミナルの行き先一覧に盤渓があるのを発見。板は置いてきたしウェアもないが、ナイターなら安いしでレンタルで滑ることにした。次のバスまでの時間で何か買って食べようかと思ったが、近くを歩いてもいいのがなかったので諦めた。バスは30分ほどでばんけいスキー場に到着。都心からこれだけ近いというのは素晴らしい。やはりこれだけ近いとそういう文化があるのか、ナイター利用客もだいぶ多かった。板のレンタルもナイター料金だったので、リフト券と合わせて8000円くらいと意外と安く済んだ。コースが1箇所閉鎖されていたようで、唯一の中級コースに人が集まっていたのだが、上部の急傾斜箇所で雪が削られてガリガリになっており難儀した記憶がある。途中からリフトに上級者以外行くなとの張り紙が出ていた。しかしナイターで滑るような地元民は上手い人が多く、自分が難儀していたガリガリ斜面も普通に滑っていたのでまだまだ精進が必要だなと思った。

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 結局、3時間半ほど滑って20時半くらいに撤収した。この時間でもまだバスがあり助かる。着いたのは円山公園ではなく琴似で、少し歩いて近くの銭湯へ。横のセコマの看板が4代目のままであった。最近は4代目ですらめったに見なくなったので、ちょっと掘り出し物を見つけた気分だ。あとはイオンに寄り(札幌は本当にイオンが多い)、近くでまだやっていたスープカレーを食べて宿へ。

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 翌日、帰る日である。そろそろ千歳の野外スケートリンクがオープンするんじゃないかと思いウォッチしていたのだが、結局まだオープンならず。仕方ないので駅メモの未回収駅を埋めるついでに行ったことのない当別に行くことにした。札駅に行くとなんかダイヤが乱れていたが、多少待つと来たのでそれに乗って終点まで。当別自体はいかにも北海道らしい小さな町で、神社にあった由緒によるとここは伊達家が入植、開拓したとのことである。なお、伊達家が入植したのは伊達紋別もそうであるが、そちらは亘理伊達家で当別に入植したのは岩出山伊達家らしい。

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 当別の駅にあった貼り紙で、ロイズタウンでバスの無人運転の実証実験をやっているらしいということを知ったので行くことにした。ロイズタウンの駅は比較的最近できたやつで、これが新たにできたせいで駅メモの北海道が全駅回収できていなかったのだ。時刻表を見る限り、実証実験の無人バスはすぐには来なさそうだったので、ひとまず歩いてロイズタウンへ。名前の通りで実態は巨大なロイズの工場である。入ると広々したショップがあり、その横に工場見学もあったのだがこれは1000円くらいするらしくやめておいた。アイスを食べてしばしのんびりし、駅に向かう実証実験バスに乗車。10人も乗れない小さな車両で、運転席自体は誰もいないのだが係員がひとりパソコンでチェックしていた。駅までは2回ほど曲がるだけなのだが、途中凍結した道でセンターラインを見失ったのか右往左往しており、係員が手動で(PCから指示を送った?)修正していた。まだまだレベル4自動運転への道のりは長そうだな、というのが素直な所感である。しかしここは関係者以外の交通が少なく見通しも良いので事故になりにくい、雪道の難しい路面で試せる、あまり距離が長くなくデータが増やしやすい、ある程度一般客の利用も見込めて実証実験としての価値が高い、最悪何かあってもロイズ側が普段からシャトルバスを出しているのでリカバリーできる、と実証実験のフィールドとしてはあまりにも理想的な場所で、個人的にはよくこんな場所を見つけたなとそちらの方にむしろ感心した。

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 札幌までは戻らず、桑園で降りた。駅前のこれまたイオンにあるフードコートで昼を食べ、残しておいた円山動物園の無料券を使うため円山公園まで歩く。道中ちょっと寄り道して中央卸売市場の場外市場を見ていくが、客もあまりおらずかなり寂れていた。午前中ならもう少し活気があるのだろうか?円山動物園は初めてだったが、旭山動物園の影に隠れているだけでここもなかなか立派である。エンリッチメントの取り組みにかなり力が入っているのが印象的で、そのあたりの工夫を見るのも面白い。2時間半くらいいたのだが、16時の閉園までに全部は見きれなかった。

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 3たび円山公園から地下鉄で南郷18丁目へ。駅前にある根室花まるで晩飯にした。平日だったこともあり待ち無しで入れたが、個人的には明らかにこちらのほうがトリトンより上だと思う。特に真タチの白子がめちゃくちゃうまい。白子って別にそれほど好みでもなかったはずなのだが…。あとは近くの八百屋で果物を買い、JR平和駅まで歩いて新千歳空港空港へ。いつものように空港で時間を潰して最終便で羽田に帰った。新千歳は雪が強く若干飛ぶか不安だったのだが、結局少し遅れただけで飛んでくれた。

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 結局板は持っていかなかったのだが、別に無くてよかったなと言うのが結論だ。まあ、それもこれもW杯のお陰だが。板があったら普通に朝里川とかテイネとかで2日とも滑っていたと思う。しかし宿さえ同じにしておけば昼は観光夜はスキーという選択肢も取れ、ゲレンデが近くナイターの強い札幌ではかなり現実的なプランだと思う。まあせっかく北海道まで来て金のことを気にせんでも…という主張はもっともではあるが。来シーズンはちゃんと板を持参して滑りたい。

 

○伊豆

 恒例の伊豆。冬になったのでみかんのシーズンだ。今回は西伊豆、まだ行ったことのない戸田に行くことにした。

 西伊豆、西浦より先の起点は修善寺になる。ということで、今回は駿豆線へ。前回行けなかった修善寺にも行こうと思っていたのだが、実は修善寺駅と修善寺はやや離れているのでいっそのこと手前の大仁から歩くことにした。大仁にはピアゴがあり、まだドンキに転換していない。朝飯も兼ねて寄ってみたが、街の規模に比してかなり品揃えが充実している印象だ。ここから修善寺まで、ダイレクトの山越えルートを選択。このあたりでも狩野川は結構大きく、河川敷を20頭規模の鹿の群れが駆け抜けていた。山の上は別荘地になっており、最初の方は半分廃墟みたいだったが、一番上はそこそこちゃんとした街になっていて、人の往来もあった。定住するような場所ではないように見えるが、どういう人なんだろうか。山を超えると梅園の裏に出て、もう2月も近いので、ちらほらと花が咲いていた。下り終わるとちょうど修善寺の境内に出て、いきなりかなりの人が出てきてちょっとびっくりする。そんなに有名な観光地だったのか。

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 修善寺自体はよくある関東の温泉の街という感じだ。要は一見小洒落た雰囲気の店が一見小洒落た雰囲気のよく分からないものを売っている店がたくさんあるという意味である。まあ、この手の店は関東に限らず有名温泉地ではよくあるのだが、関東は他の地方に比べよう分からん物率が高い気がする。まあ若い観光客が多いのでこんな感じでいいんだろう。あとは竹林の小径があったが、これは悪くないが嵐山と比べると大したことはない。もっとも、これは冬で竹の生命力が少ないからという説もあるが…。

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 ターミナルから戸田へと向かうバスに乗る。ターミナルにはすごい人がいたが、みんな修善寺駅へ帰っていく流れのようだ。もう戻ってこの後どうするのだろうか。自分が乗るバスの乗客は10人以内くらいだった(それでも思ったより多いが)。やはり伊豆は山が高く、どんどん標高を上げていく。峠からは駿河湾の奥に富士山が見えた。

 時間もあるので平地に入ったあたりでバスを降りて、あとは歩く。川沿いにしか平地がないのでそこにしか集落がなく、山が縦なので平地は全部横というのはいかにも伊豆である。真ん中のあたりに道の駅があり、急に人がたくさん現れた。ものを売る場所としては大した場所ではなかったが、江戸時代に難破・修理されたディアナ号関連の展示が無料で見れたので良かった(自分以外見てなかったが)。

 港の方で昼飯にする。戸田と言えば深海魚が有名で、その中でも特に著名なのがタカアシガニだ。相応に高いので今回食べる気はないが、怪しげな未利用魚とかがないかなと思いつつ適当な飯屋に入ったところ、メヒカリとかニギスとか何も珍しくないものしかなかったので、普通に刺身定食にした。魚はまあ普通だが、ウニが出さないほうがマシなレベルの味だった記憶がある。次はもう少しちゃんと調べてリベンジしたい。
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 この先大瀬崎までは間に一つ集落があるだけなので、まだ時間がある。とりあえず、集落の外れにある松城家住宅を見に行く。廻船で儲けた擬洋風建築の豪邸で、内部もかなり趣向が凝らしてあって存在感がある。アクセスの悪い半島の小さな町と切り捨てるには惜しいだけの奥深さがあり、このあたりは行ってみないと分からないところだ。

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 これで戸田も南の端以外は見終わったので、北に向かって歩き始める。大瀬崎まで10kmあまりだ。先述の通り河口以外は断崖なので、道はかなり高いところについている。いきなり登りになるのでげんなりするが、登りきったところに展望台があり、非常に眺望が良かった。あとは明らかに人が歩くことを考えていない車道をひたすら歩くだけ。当然歩行者はいないが、チャリは時々いる(ようやるわと思う)。途中にある集落が井田で、県道は上をスルーなのでめんどくせえなと思いつつも下って見に行った。明神池という池があり、海が目の前だが淡水らしい。釣り針のかかった鯉がいるのが見えたのだが、遠くて救出はできなかった。ろくでもない話だ。あとは菜の花で井田の字に植えてある畑があったが、明らかに県道から見ることを想定されており、下からは文字が井田であることくらいしか分からなかった。ここから再度登ってもうひとつ越えると大瀬崎だ。

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 今回は安ダイバー宿に泊まった。近くにレストランもないので2食付きだ(それでも安かった)。一応温泉もあり、いかにも海沿いの塩気のある湯だった。夜は散歩してのんびり過ごしたが、近くに灯りはないが、対岸の富士の工場群が明るいので富士山も昼と変わらないくらいに見える。夏であれば、富士宮の登山者のヘッドライトが線になっているのが見えるのだろうか。星もきれいで印象的な夜の時間だった。

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 翌朝。日の出前に起きると、もうダイバーがボンベを準備していた。岬のところに池があるのでそれを見に行く。ここもやはり淡水である。ビャクシンの林に囲まれた中にありいい雰囲気だ。そういえば以前鳳凰三山に登ったあとこのへんまではドライブして池も見たような記憶があるのだが、実際見るとあまり前に見た気はしなかった。岬に通じる道路は見覚えがあったのだが。朝食を食べて出発。

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 この日は西浦に出てみかんを買うだけ。こっちはそこまで高いところに道がついていないので、昨日よりは楽だ。歩きながら無人販売所の価格調査をしたところ、基本的に西に行けば行くほど、つまり奥の方ほど値段は安いことが分かった。まあ順当な結果である。多分そうだろうなと思いつつ、重いので買うのを後回しにしたことを若干後悔する。集落はそこそこの頻度で出てくるので、都度一廻りしてから次に向かっていく。どの集落も上はみかん畑だ。サンビーチのあたりで昼飯を挟み、前も立ち寄った内浦の店でみかんを購入。そういえば前回行った時に昼飯に入って謎の変異ネーブルをもらった店が潰れており、残念であった。

 まだだいぶ時間がある。前回来たときはこれが最後と思ってあわしまマリンパークに行ったわけだが、結局なんやかんやあり一度潰れたあとまた復活したらしい。というわけで、というかむしろ逆なのだが、前回行かなかった方の三津シーパラダイスに行くことにした。潰れていないだけあってこちらのほうが全体的にはきれいで展示もちゃんとしているが、あくまであわしま比であり地方水族館の域は出ない。なんでこんな近距離にふたつも水族館があるのか意味がわからないし、どうにかして一体経営できればもう少し良い施設にできると思うのだが。

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 最後は温泉くらい行きたいので、トンネルを抜けて伊豆長岡を目指す。古奈の共同浴場に入ったが、人が多くかなり賑わっていた。そのまま長岡の駅まで歩き、電車代をケチって三島広小路で降りて中華料理屋で晩飯を食べて、また三島まで歩いてJRで帰宅した。

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 これで西伊豆は沼津から戸田まではほぼ見れたことになる。南は松崎や土肥など点である程度見てはいるのだが、全体的にはまだ全く回れていないと言って良い。少しずつ潰していけばよいだろう。しかし伊豆の温泉はあまり好みなのがない。

 

○スキー3

 3となっているが、1は上の札幌であり、2として大したことがないので書いていないが同僚と石打丸山で日帰りで滑ったのがある。部のやつらと北陸に滑りに行った。なんで北陸かと言うと、関西と関東両方から人が来たのと、自分の趣味で信州以外に行ってみたかったからである。

 初日は糸魚川で合流。北陸新幹線で行ったが、3連休の初日なので車内は阿鼻叫喚であった。上野ですでに超満員、そこから大宮で積み残しというレベルだったが、指定席車両の通路まで解放するという駅員の会話を聞いて速攻で前に向かったお陰で比較的マシな状況であった。板を持った迷惑客だったが、そんなやつはいっぱいいるのでまあ良かろう。

 合流したのは11時前だったので、昼を食べて午後券で滑ろうということになった。というわけで、適当に調べて蕎麦屋に行った。そばを頼むとなぜか天麩羅や惣菜が食べ放題になる店であった。天麩羅も揚げたてが随時供給されるのでなかなか良いが、どちらかと言うと惣菜のクオリティが高くて良かった。これからスキーをやるというのに随分満腹になる。

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 スキー場は糸魚川シーサイドバレー。白馬のスキー場群のさらに北、新潟県内に入ったあたりにあるのだが、リフト5本と小規模スキー場にしては微妙に大きいくらいの規模感だ。標高が低いので雪質はあまり良くないが、景色も結構良いし、人がぜんぜんいないので快適だ。斜度はあまりないが、リフト2本分滑るとそこそこ長さはあるので、足慣らしには十分。午後券は4500円なので、白馬よりは1000円以上は安い。まあツアーとかのほうがトータルでは安いのかもしれないが…。

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 この日は糸魚川の民宿に宿を取った。晩飯をローカル回転寿司と思われる店で食べようとしたのだが、入ると実は業態転換したのかしょうもない寿司居酒屋になっており、魚のラインナップもひどかったのでアリバイ程度に食べて退店した。作戦会議ののち別の寿司屋(回らない)で再勝負したが、こちらは非常に良かったのでまあ許してやることにする。宿では流石に麻雀はできないので、ウイングスパンをやって寝た。

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 翌日は東に向かい、シャルマン火打で滑った。場所を変えたかったのもあるが、最大の理由はこの日謎のあんこうフェアが開催されていたためである。糸魚川高校相撲部が吊るし切りのパフォーマンスが行われ、シュールな光景であった。こういうイベントの飯はあまり食べないがちだが、今回は糸魚川高校相撲部に免じてちゃんこ鍋とあんこうバーガーを食べた。肝心のスキー場だが、シャルマンは非常にレイアウトが良く、少ないリフトで広いエリアをカバーしており、個人的には非常に高評価だ。ただし、緩傾斜の斜面がわりと狭いので初心者向けではない。

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 この日は夕方まで滑り、能生の弁天島を見て帰った。夕食は中華が食べたいという話だったので、駅近くの人気がありそうな町中華に並んで入った。ブラック焼きそばなる謎メニューがあった記憶がある。その後時間があるので原信に行ったのだが、店内のモニタから怪しげな音楽が流れていた。ちゃんと確認してみるとメンチカツの宣伝のようで、そのためだけに1曲作製されており、かついろいろとツッコミどころの多い歌詞とMVでかなり意味不明だった。しかし効果は覿面で、同行者のうち2名がこれにつられメンチカツを購入することとなった。一体何だったんだこれは。その後宿に戻ってメンチカツを温めるのに、ターンテーブルの上でメンチカツが回っているというだけで笑いをこらえきれなくなったので、原信には責任を取ってもらいたい。

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 翌日。この日は帰るだけだったのだが、急に関東からKが意味もなく高速をぶっ飛ばして来るという事件があった。直江津の近くの朝からやっている飯屋で合流する。アジフライを食べられたので満足らしい。これにより新幹線に乗らなくて良くなったので助かる。その後しっかりナルスに連行してメンチカツの動画を見せたところ、無事メンチカツ購入となった。そこから先は下道で進み、黒姫のうどん自販機、穴観音温泉、菅平ダムと抜けて軽井沢から群馬へ。貫前神社に寄りたいということだったが、到着したのは17時を少し回ったので御朱印は回収できなかったらしい。最後は東松山の恵比寿屋食堂を布教(今回はカレーにした)してから駅で下ろしてもらい、電車で帰った。

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 北陸新幹線の混雑には閉口するが、北陸のスキー場は空いていて快適だ。別に広いところで滑る必要もないし、これで十分。大手以外はどこも経営が苦しそうなところが多いので、積極的に選んでいきたいところである。少数の巨大ゲレンデがあるより、小さいゲレンデがたくさんある方が文化的には豊かだろう。

 

○大分

 仕事で行った大分で少し観光したので書く。

 飛行機で大分入りしたが、市内に入る前に日出を見ていった。杵築の影に隠れているが、こちらも城下町である。郷土資料館のおっちゃんによると、日出の名は泥に由来し、砂地の海底で湧水が湧いていてカレイが有名らしい。その後駅前の食堂で昼飯にしたらえげつない量が出てきて電車に間に合うぎりぎりになった記憶がある。

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 宿は市内にするか別府にするか悩んだが、結局市内の温泉付きの宿にした。ネカフェの鍵付き個室(使ったことないが)より少しマシレベルの部屋だったが、安いのでまあ良い。温泉はなかなか良かった。大分も温泉があるというのは分かっていつつも別府を選びそうになるが、無理はしないほうが良い。朝飯で卸売市場に行って寂れた喫茶店風の店に入ったのだが、朝定食を頼むとえげつない量のあら煮が出てきて大変なことになった。

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 仕事の後、1日休みを取って、東の方を回った。まず未訪問の町として頭の片隅にずっと残っていた津久見へ。石灰の町であり、セメント町というそのまんまな地番まである。また、津久見と佐伯の間にある半島(四浦半島と言うらしい)の先にある保戸島と無垢島へのフェリーが出ているのだが、ターミナルに着いてさっき出たばかりであることに気づき落胆した。保戸島はマグロ漁が盛んと聞くが、無垢島は何があるのか全く分かっていない。ターミナルの近くの店は魚がとても安く、また柑橘の産地でもあるので食文化としては豊かな場所である。いずれにせよ、また来る必要がある。

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 佐伯にはまた時間を取って行きたいので、折り返して臼杵へ。こちらも市内中心部は初めてだったが、古い町並みやフンドーキンの工場など見どころは多い。臼杵城には卯寅稲荷神社という神社があり、道路に面したでかい鳥居がやけに黄色っぽい色だったのが印象に残っている。何とは言わないが。なお、読み方は「うとらいなり」ではなく「うとのいなり」である。ふぐが有名な街らしいが、そんな予算はないのでそのへんの店でラーメンを食べて昼飯にした。

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 午後は臼杵大仏へ。実は小6の時に行ったことがあるのだが、何一つ記憶に残っていない。習いごとの合宿的なイベントで1週間九州を回ったのだが、九州上陸して最初に行った観光地だったはずだ。なぜその経路を取ったのか分からないが、あのときは八幡浜から臼杵のフェリーで九州入りだった。ちなみに、天気がすこぶる悪かったのでその合宿は大幅に行程変更が行われていた。

 閑話休題。大仏まではバスで行くが、自分以外にも客がちらほらいた。意外と有名なんだなと思ったが、実は国宝だったらしい。美仏内閣なる謎の企画をやっており、各磨崖仏に対して内閣総理大臣以下一同の組閣が行われていた。何を食ったらそういう思考になるんだろうか。それはさておき、穏やかでいいところである。一度見たはずの磨崖仏を改めて見て、20年前のことは何も思い出せなかった。

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 バス停に戻り、豊後大野方面に向かうバスに乗る。どこで降りるか考えていなかったが、途中で野津という町らしい場所を通ったので、ここで降りた。どうも、吉四六の町らしい。吉四六については名前くらいは聞いたことがあるという程度だが、なんか一休さん系のふざけたエピソードがたくさんある人物であるようで、エピソードの片鱗みたいな絵がいろいろなところに飾ってあった。立ち寄ったスーパーで甘夏が8個68円という異常な価格で売っていたせいで購入せざるを得ず、無駄に荷物が重くなった。

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 この先バスには乗らず、犬飼まで歩くことにした。基本的に、ひたすら10号に沿って進むだけ。ということは通ったことがあるはずなのだが、当時夜だったのもあり全く記憶がない。基本的には九州らしい深い谷地形である。犬飼はアメダスにあるので名前を知っている程度の認識だが、野津よりも小さな町であった。もっとも、これはあくまで駅前の印象だが。駅に行くとベトナム人軍団がいてびっくりした。技能実習生だろうか、最近はどこでも見るのでもはや驚くこちらの認識をアップデートすべきである。

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 夜のさんふらわあで神戸に戻る予定なので、大分から歩いた。実は九州と関西を結ぶ航路に乗るのは初めてだったりする。夕食はせっかくなので船内のバイキングで朝の分まで食べておいた。同船に高校か大学野球の選抜チームがいたようで、ここぞとばかりに食べまくっても全然目立たなかったので良かった。なお、この日はWBCの壮行試合で中日戦があったので、それを船内で見た。朝に神戸に着き、御影まで歩いて真っ直ぐ帰宅。

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 西日本は小さな町が多く、その分だけ東日本より見れていない感じがある。こういう機会でも少しずつ回っていきたいところである。

 

○311

 3月11日ではなく国道311号線である。紀伊半島の国道だが、我々が普段使わない横方向であるうえに425のような悪名もないので全然存在感がないのだが、一通してきた。

 いつものようにSと合流し、日の出前に大阪中心部へ。480で和歌山に向かおうかという案もあったが、時間があまりないと見てスルーし、まっすぐ泉北から480で山越えして紀の川へ。ここから424号で田辺へと向かう。424はこれまたマイナーな道で、和歌山北部の内陸を縦に繋いで最後はみなべに出るというものだ。この道は結構山深いところを通るのだが、全体的に熊野より明るく、陰鬱感がない。ドライブとしてもなかなか楽しめる道だ。道中、直売所や無人販売所で適当な柑橘を調達しながら進む。みなべからは田辺まで42と並走し、市役所前で終了だ。

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 311は朝来の42号分岐から始まるので、それまでに昼飯ということで謎の焼肉屋風のようわからん店へ。麺類メニューが多い中日替わり定食がグレの煮付けだったのでそれにしたが、すき焼き風でなかなか良かった。Sが沙茶麺を食べ絶賛していた記憶がある。なお、この店は今見るとラーメン屋に転換しつつも相変わらず適当な日替わりを出しているようだが、評価が低いらしい。まあ店内のせいであろう。こういうところで評価が低くなっている店を的確に見抜くことが求められる。

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 311は中辺路と並行する道で、てっきり425のイメージで酷い道だと思っていたら、全然そんなことはなく快適であった。これが観光地を走る道路の実力か。こういうタイミングなので、今まで一生スルーし続けていた熊野本宮大社とその周辺を見に行った。当然インバウンド客がたくさんだが、やはり白人が多い。しかし熊野はある方向において最も日本らしい風景が見られる場所とも言え、ここに来るのは割と正解なのかもしれない。大斎原は異常なほどに広々しており、この地形を見ると熊野に来たと言うか、むしろ帰ってきたかのような印象を覚える。やはり紀伊半島にはアイデンティの一部が眠っているらしい。

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 さらに東に走り抜け、熊野で海にぶち当たる。ちょうど花の窟のあるあたりだ。ここから一瞬42と並走したあと、内陸をトンネルでぶち抜く42と分かれてこちらは海沿いを進むのだが、こちらは先ほどと比べて道としては結構大変だった。全体的に細いし、アップダウンやカーブも多い。太平洋側に出て終わった気分でいたので、不意打ちを食らった格好だった。九鬼から先はトンネルがあるので一気に終わったが、できる前はなかなか大変だったことだろう。しかしこのあたりも昼間にのんびり回りたい場所である。尾鷲の手前で再度42に合流し、終了。尾鷲で晩飯だったが、市場の近くの誰が行くのかずっと疑問だった回転寿司に行ってみた。寿司も回ってはいないしまあ思った通りの微妙さであったが、なんというか業界再編に取り残された雰囲気があって良かった点が糸魚川との大きな違いである。

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 もうひとつだけやってしまおうということで、高速で松阪へ出て165号線で大阪へと戻ることにする。100番台らしく近鉄大阪線に並走するルートである。名阪間の横は166や25などいろいろあるが、全部一度奈良盆地で集約される上に途中縦移動も入ることで168や169まで入り乱れてくるので非常に分かりにくい。また、最後は柏原で終わるのだが、柏原市内は生活道路のようなところに道がついており、もはや国道の雰囲気は一切ない。交通量を抑えるためか、敢えてそういうところにはおにぎりを置かないよう配慮している気配を感じた。こういうのがあるのもある意味昔ながらの街道を遣いがちな100番台らしい雰囲気である。

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 これで終了し、深夜に帰宅。紀伊半島は頻繁に行くともうええわとなるが、しばらく行かないとまた行きたくなる場所である。そして我々は毎回同じところばかり通っているので、案外深く知っているようで詳しくは知らないということもある。毎回思うことだが、懐の深い場所である。

 

○沖縄

 ここから4月の話になる。最近は毎年のように行っている沖縄。今年は離島に行くつもりで年度終わりにまとまった休みを取った。本命は大東だったのだが、船のスケージュールが推定とずれたので合わず断念。ということで、代わりに伊平屋島に行った。

 夜便で那覇へ。この日は宿がなかったので、栄町市場をうろついてからどん亭で晩飯だけ食べて、夜は副都心の公園で泊まった。割と快適だった記憶がある。

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 翌日。当初の予想ではこの日の夕方に大東行きが出るかと思っていたのだが、スケジュールにずれが出ている状況であった。そういうわけで別の島にしようかと、最初は前から行きたかった粟国あたりで考えていたが、実は本部沖の島はどれも行ったことがないことに思い当たり、やっぱりそちらにすることにした。島の候補は伊是名、伊平屋、伊江、水納の4つあるが、ここは一番北にあるという理由で伊平屋をチョイス。ただ、この時点ではまだ宿もなかったので、島への移動は明日になる。

 伊是名と伊平屋は本部ではなく運天から船が出るが、いずれにせよ北に向かう必要があるので高速バスに乗っていく。那覇バスターミナル発のものがおもろまちに停まるのでそれに乗ったが、そこそこの乗車率だった。

 この日のことは何も考えていない状態だったのだが、とりあえず本部港で降りて適当にそのへんをうろうろする。無料の郷土資料館的なのを見たり、適当に瀬底に歩いて渡ってみたり。最初は水納に行こうかと思ったが、この日は風で欠航であった。昼飯を適当な魚屋で食べたが、大したことのないあら煮が大量に出てきてやや厳しい気持ちになった。

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 午後は海洋博公園の美ら海以外に行くことにした。書き方がアレだが、海洋博公園は広く、美ら海水族館以外にも様々な建物がある。というか、実は美ら海もイルカショーなどの屋外でやっている部分は海洋博公園の一部になるから、実は美ら海の入館料を払わなくても見れるのだ。なお、海洋博公園そのものに入館料はかからない。要は無料ってこと。

 今回は海洋文化館へ。こちらは入館料がかかるが200円で、展示スペースは広く結構充実している。イメージ的にはほぼ民博の海洋展示ゾーンみたいな感じか。その後は横にあるおきなわ郷土村という古い建物を集めた場所に行ったのだが、なんとここにも上江洲家があった。もう流石に看板を見るまでもなくそうだと分かる。周囲の風景も入れると再現度としてはおきなわワールドのほうが高い気がするが、まあいずれにせよ本物が見れなくなっているのでありがたいところ。しかし上江洲家ってそんなに沖縄を代表するレベルの家なんだな…。

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 海洋博公園は広すぎて全然回りきれないのだが、ひとまず17時になったので外に出て備瀬へ。本島に残るフクギ並木として非常に有名な場所だが、渡名喜を知っているとまあこんなもんかという感じ。もちろん、悪くはないが。めちゃくちゃ観光地化されていてレンタルチャリ出回っている人もたくさんおりあまりのんびりした気分になれない。

 そのままあてもなく運天港方面に歩き、晩飯を食べる場所も見つからないまま適当な浜で就寝。

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 翌朝はまず今帰仁城跡から。中城は確実に行ったことがあるのだが、ここと勝連は行ったことがあるのかどうかいまいち記憶がない。開園時間前だったので外から見るだけになるが、航空写真を見ていると裏口がありそうだったので行ってみると案の定園内の端の柵の裏側に出た。いくらでも不法侵入できるのだがやめておいて、写真だけ撮っておいた。
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 あとはそのまま運天までひたすら歩く。と言っても距離が長く、時間がギリギリで結構しんどい。備瀬といいこのへんは結構古いものが残っているのでもう少しゆっくりしたいところであった。面白いものでは、公園に完璧な神アシャギ(背が低く、藁葺きであるもの)が平然と残っていたり。最後はだいぶ早歩きでなんとか出航30分前にターミナルへ。客が結構いて驚いたのだが、8割くらいは伊是名であった。
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 島までは2時間もかからなかったか、ターミナルの雰囲気はだいぶ渡名喜に近い。とりあえず近くのレストランで昼飯にした。タコの炒め物かなんかだったが美味しかった記憶がある。それから港のすぐ裏にある虎頭岩なる高台に登ってみた。誰も登らないのかクモの巣だらけだったが、景色自体は結構良かった。こんなに港に近いんだからみんな登ればいいのに。
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 続いて、この日が平日だったのでダムカードを配っている我喜屋ダムに向かった。海のすぐ近くにあるのだが思った以上に立派なダムで、その分登るのに苦労した。カードは管理所で配っているという話だったのだが、行ってみると役場で受け取れとの貼り紙が。仕方ないので下って役場まで戻り、受け取ろうとするが、あまり配り慣れていないのか結構時間がかかった。まあそりゃそうか。しかしこういうことをやっていると意外とすぐ時間が溶ける。

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 また折り返してこの日の宿に向かう。港と役場が同じ集落、その後ダムを挟んで宿という位置関係なので、着いて早々にもう港とダムのある集落の間の道を3回も歩いている。とにかく宿に着き、部屋に荷物を置いて南側の探索へ。伊平屋島最南端の集落は島尻であり、久米島と同じ名前だ。本島でも島尻と言うと南部なので、南端という意味なのだと思っていたのだが、実は宮古島では島尻集落が北側にあるためどうもそうとも限らないらしい。

 伊平屋の南にはさらに野甫島という島があり、ここは橋でつながっているので歩いて渡ることができる。さらに少し南には具志川島というのもあるが、これは無人島らしい。この島はちょうど伊是名と伊平屋の中間にあり、それぞれの島から2kmくらいということで架橋構想などもあるようだが、この間は割と水深が深く難しい様子。野甫島は伊平屋と概ね同じ雰囲気であった。 

 日が暮れることに宿に戻り、夕食ののち就寝。

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 翌日は北の方を回る。バスで行こうと思ったのだが、バスが早着したことにより乗るのに失敗した。田舎はこれが怖いので少し早めにといつも思っているのだが、それでもなおたまに失敗する。

 この島は南北が山でその間が平地になっているのだが、ちょうどその平地で稲作が行われているのが大きな特徴だ。西表と同様二期作だと思うが、今は春植えの田植えが終わったくらいの頃合いだろうか。本州の田んぼと比べると畔が大幅に低いのだが、これはどういう違いなのだろう。よくわからん。どまんなかに用水路が通っているのだが、オオウナギがうようよいた。ここなら割と簡単に捕れそうだ。
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 集落の北の外れには念頭平松という巨大な松があり、これは一見の価値がある。久米島の五枝の松もたいがい巨大だが、こちらのほうが周りに何もない分巨大に見える。あとは最近建てたのであろう謎の怪しげな神社があった。

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 更に北に進むと道はほぼ海岸沿いだけになり、生活感はほとんど無くなるのだが、だいぶ端に近くなったところにくまや洞窟というのがあり、かなり巨大な岩の割れ目に砂が溜まった地形になっていて、内部は結構広い。ここは天岩戸伝説がある、というか江戸時代にある学者がここが天岩戸だと宣言したらしい。くまやは籠るという意味らしいが、いずれにせよよくわからん。そういえば、念頭平松の横の神社も天岩戸神社だった。なんか怪しい宗教団体に利用されていないかちょっと心配になる。

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 島の北の端は独立した山になっており、久葉山という。名前の通りこの山にはクバがたくさん生えていた。灯台が高いところにあるのでさぞ景色が良いだろうと期待していたのだが、実際はそうでもなかった。そのまま西側の道路を抜けて集落に戻り、無料の資料館へ。大した展示はなかったものの、島の年中行事の表に大量の祭祀が書かれているのが印象的だった。後で港で村の広報誌か何かを読んだのだが、祭祀が多すぎるという議会か何かのコメントがあった。

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 宿に戻り、夕食の後は少し海に入って生物観察などするが、それほど珍しいものは見られなかった。釣り竿でも持ってくれば良かったか。翌朝の船で本島へ戻る。
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 この日は晩にsと名護で夕食でも食べようという話をしていた。それまで適当に過ごす必要があるので、まずはバスで移動して羽地ダムへ。県内ではかなり新しいダムらしい。結構資料館が充実していた印象がある。
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 その後、またバスで備瀬方面へ。というのも、実は島に渡る前日に浜で野宿した際、シュラフカバーをカバンにしまい忘れてしまったようだったのだ。気づいたのは島に着いてからのことで、いろいろ記憶をあたった結果多分そこだろうということで確認のために戻ったのだが、探してみると予想通り見つかったので、めでたしめでたし。しかし結構波打ち際に近い位置に移動していたので、危ないところだった。

 そういうわけで結局また備瀬まで来てしまったので、まだ全然見切れていない海洋博公園を再訪。本当は植物園に行こうと思っていたのだが、マナティ館とかイルカショーとか無料エリアの水族館展示を見ていたらつい時間がなくなってしまった。美ら海水族館にわざわざ金払う必要あるか?まあジンベエザメのいる大水槽は当然有料エリアだが…。

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 夜はsと焼肉屋で夕食。向こうが車で来ていたこともあり、酒は飲まなかった。普通に昔話とか向こうの仕事の話をする。農業系なので、シンプルにこちらが興味があるのだ。しかし沖縄の経済は大変なようで、この前の選挙※現実時間で古謝氏が勝ったのもまあ納得という話である。

 最後はてだこ浦西駅まで送ってもらったのだが、道中ものすごい路駐があり騒がしい場所があったので見に行ってみると、野良の野外フェス的なのが開催されていた。かなりアンダーグラウンド寄りの雰囲気で、その時見た範囲では知らないアーティストばかりだった。後でホームページで確認したところ、oddlandというDIY的野外フェスらしく、面白いものが見れた。アーティスト一覧が載っていたので、少しずつ聴いてみたりしている。有名どころだと春ねむりがいたらしい(というか、自分が春ねむりしか知らなかっただけ)。

 てだこ浦西で下ろしてもらったあとはどうしたか覚えていない。野宿した記憶はないのでネカフェだろうか。
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 翌日。この日がようやく最終日になる。もともと大東などと言っていたのでこれだけ日程が長いのだ。この日は午前何をしたか全く覚えていないのだが、朝に「今年も文句なし」というツイートを残していたので、おそらく朝はネカフェでマスターズを観ていたのだと思われる(マキロイ連覇)。昼は古波蔵のブルボンで煮付けを食べたのだが、個人的にはルビーのほうが好み。

 午後は海軍壕公園に行った。ここは地味に行ったことがなかったのでずっとそのうちと思っていたのだが、ようやくの訪問になった。基本的にはろくでもない話としかいいようがないが、味方の仲が良くないのにどうやって敵に勝てると思えるんだというのが素直な感想だ。
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 夜の便で帰ったのだが、なんか知らんが遅延した結果隠れ終電になってしまった。隠れ終電というのは、乗換案内で出てこないが実際は乗り継ぎ可能で帰れる時間というのがあり、羽田はよく使うのでこのパターンをもはや覚えてしまった。なんとか帰宅できたので、翌日から普通に仕事。

 

 大東をまた逃したのは痛恨であるが、一応伊平屋に行けたのでそこは良しとしよう。飛行機で大東に行くくらいなら船で他の離島に行く、それくらいの覚悟はある。まだ未踏の離島ストックはだいぶあるので、大東チャレンジはこれからも続ける意向だ。割とさらっと流しているが、伊平屋は観光客が全然いないので良かった。そういえば、那覇から本部までの区間でマルエーフェリーに乗るというのも面白そうなので、今度はその方法で伊是名などを目指してみたいところである。

 

○その他

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 年始の話。ここに書かれるということは大したことはしていない。今回はコストを下げるために夜行バスで静岡まで出て、そこから在来で帰った。夜行バスはスカイビルから。阪急からいつも見ていたが、地味に行くのは初めて。車内は前の外国人がうるさくて不快だった記憶がある。途中、何か少しくらいはと興国寺城に寄ったのだが、それなりにでかい城趾だった。しかしこのあたりはあまり印象のないエリアだ。その後は何もやらず、昼にはさっさと帰宅した。

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 pとdに誘われて焚き火をやってきた。やってきた、と言ってもすでにある焚き火にあたっただけだが。どういう話かと言うと、藤沢の方の公園で焚き火をやっているところがあるのでそこに行ったというだけである。その公園にアスレチック遊具があるのだが、やけに難易度が高く相当腕力に厳しかった記憶がある。あと、野良卓球台がありラケットも貸し出されていたのでしばらくやったが、野外の台だけあり明らかに変な跳ね方をしていた。その後なんか知らんが大和に行き、腹でも減らすかとビッグバンでなぜかまた卓球をやった。最後は近くでペルー料理を食べて解散。よくわからん1日だった。中途半端に焚き火にあたっただけなので、焚き火に関してはむしろやりたくなったまである。

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 謎の資格試験を受けた(これは結果がもうわかっており不合格だった)。会場は臨海副都心の方でしょっちゅうそこになるのだが、中座の時間があったので近くにあるしらせを見に行くなどした。そういう施設はあるものの、基本的にこのエリアの休日は人もいなくて不気味なのであまり来たくない場所である。夜はなんとなくバスで亀戸に行って謎の中華料理屋で酸菜魚を食べ、亀戸水神を見て帰った。やる気はないのだが、休日を潰したくないという消極的な理由によりさっさと合格したいところである。

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 Oが遂に社会に放逐されるということで、最後の機会に京都で麻雀を打ってきた。最後の大物の旅立ちとあり多くの関係者が集まり、その中でOは圧倒的なトップを取り主賓としての実力を示した。これで部室に行く機会も今後は相当少なくなると思われる。この間、状況は大きく変わるとともに、我々も年を取りすぎたこともあり、ここらが潮時であろう。なお、龍門はいつも通り美味しく、こちらは当面も出番があると思われる。

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 同じ中華の話で、このころから池袋名物昼中華食べ放題をやりはじめた。店にもよるのだが、千円代前半とかで10種類くらいが食べ放題になる。その他の食べ放題と比べるとかなり景気が良い。あるいは、店によっては定食を頼むと惣菜数種類が食べ放題というのもある。まあ中華料理屋に行けば米食べ放題とかは多いしそもそも中華はだいたい量が多いので食べ放題にしたところで感があるのだが、まあ面白いという話である。池袋の店はだいぶ行ったが、平日限定の店が多くそこがネックだ。値上げが来る前にひと通り攻め終えたいところ。なお、食べ放題でない店も割とよく行っている。池袋はそろそろ半分くらいは行ったんじゃなかろうか。

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 この期間は比較的労働が楽であった。まあそうは言っても普通に残業はしているが。正直、旅行も割と苦行の一種みたいなところがあり、働かずにずっとどこかに出かけたいとは思わない。ずっと寝ていたいとは思うこともあるが、それはそれで生きている理由がないので死んだほうがマシだし、まあ仕方なく働いてやるかという気持ちがある。別に金はいらないので稼がなくてよいのだが…。特にしたいこともないので普通に残業しているが、平日夜に真面目にやりたいことを見つけてさっさと退勤しようと思えるようになるのが健康的だと思われる。なお、この日記を書くのがそれに当たるのではという説もあるが、これを書くのも仕事するのと変わらんかそれ以上にめんどくさいと思うことが多いのだ。正直よく続いているな、とは思う。まあ意地みたいなもんか。もともとは漫然となんかまとめとくかという程度だったが、最近は生成AIへの対抗みたいな文脈まで生まれてきてしまった。今のところ、AIは体験をしないので、まだこういうところでは人間に分があるように思われる。まあ、そうやって何ヶ月か掛けて2万文字書いている文が生成AIに0.1秒で読まれてまとめられてどこかの誰かに届けられているわけだが。このブログの管理画面にはアクセス解析ページがあり、微妙に訪問プラットフォームが確認できるのだが、それによると最近はchatGPTによるアクセスがそこそこあるようである。別に好きに持っていけばよいが、こんな信憑性の低い落書きみたいな記事からですら雑に情報を拾って回答していると思うと、やはり多少は生成AIにも警戒が必要であると思われる。

鉦と線香

9月から2025年末までまとめることにする。そもそも数が多い上に最初は単独記事にしようとしていた香港を結局やらなかったので、かなり長くなることが予想される。まあ中途半端に分けるのも面倒だし、長いなら長いでよかろう。

 

○ドライブ1

   n氏が関東に滞在しており、sがこちらに来るタイミングでドライブに行くかという話になった。

 とりあえず集合してファミレスで昼を食べながら作戦会議。日数から逆算してどこに行きますかという話だが、最初は140などの穏当な意見が出つつも、唐突に佐渡という爆弾をぶっ込んでみたら完全にその流れになってしまった。n氏も心の中では考えていたらしい。フェリーの時間と混み具合を確認したところ、これは十分な観光の時間はないものの一通は無理なく可能という結論になり、そのまま採択。行きは18になるので更についでにということで、高速で水戸に出て50もやることにした。

 50は北関東の横断道路で、日本のモータリゼーションの本場ともいうべき場所を通る。意外と起伏がある地形で、交通量は割と多い。基本的に景色は画一なのであまり面白みはないが。晩は謎の店で初めて佐野ラーメンを食べたが、おいしいが正直特筆するほどのものはないなという印象。

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 高崎からは18号で直江津へ。途中、上山田で温泉に入っていった。歓楽街的傾向の強い温泉地なのでこれまで遠慮してきたのだが、焦げた硫黄臭の温泉でなかなか良かった。とは言え深夜なのに結構客が多かったのは微妙ではあるが…。18号自体は部分的に通っている箇所が結構あるので大した感想はない。

 早朝に直江津に着く。予約状況で分かっていたが、休日の初便ということもありかなり混んでいた。乗る前にターミナルでラーメンでも食べようと思っていたが、やけに高かったのでやめた記憶がある。

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 佐渡に着いて、まずは一番近い宿根木へ。間垣があったりして能登を思わせる風景の集落だ。たらい舟でぷかぷかやっている人がそれなりにおり、コンテンツとしての人気度を窺わせる。漁として乗らないなら片落ちだなあと思いつつ、時代は密漁に厳しく困難である。
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 小木に戻りここから一通を再開。いきなり一宮の渡津神社に寄っていくが、その後は先に一通を終えてしまい残った時間で順次観光する方針で行く。佐渡は真ん中に平野があり、そこを国道がぶち抜いているのですぐに両津に着く。しかしよく発展しており、さすがは新潟といったところ。

 折り返して昼飯でも食うかとうろうろしたのだが、店がやっていなかったり激混みしていたりでろくでもなく、結局無駄にしゃれた古民家で割と高い蕎麦を食うことになった(蕎麦は美味かった)。全体的に観光客に対して観光客向きの店のキャパは少ないように見える。一方でそれなりに都会なのでチェーン店とかはそれなりにあり、結果的に地元民がよく行くそのへんの飲食店も多くはないので難しい。

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 昼の残りで無難に佐渡金山に行くことにする。まあ見るところとしては正直他の鉱山と大して違いはない。あえて言えば、でかい金塊を展示して触れるようになっているくらいか。鉱脈を掘りまくって山が割れているところは良かった。あと選鉱場は無料で見れ、これもまあまあ。
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 本当はこのあと島の北をぐるっと回って両津に出たいところだったが、途中まで行ったところでこれは時間が厳しいと諦めた。ドンデン山とかいう謎に激しい峠を抜けて両津に出る。少し余った時間で晩飯とするが、これまた混んでいたりで紆余曲折を経て変な名前の店に入り魚のソースカツを食った。せっかく佐渡に来たからには生魚が食いたかったが、厳しいメニューしかなかった。今回、食事に関しては完敗。
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 両津からの船は新潟に向かう。朱鷺メッセの奥の埠頭に着き、そこから少しだけ残った区間を走ると最後はお馴染み本町交差点だ。ここに来るのは7→45→6の怒涛の大ドライブ、あれはちょうど土浦で令和を迎えたから2019年以来になるか。しかし49をはじめまだまだここには来ないといけない運命にある。
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 最後は17で日本橋に向かう。実はこれまで関越トンネルを通ったことがなかったので、初めての上越関東の道路越えは三国峠になった。高崎を越えるとあとは楽勝、と見せかけて旧道は道が細い割に交通量があるのでそれなりに面倒だ。しかも最後大宮でバイパスに入るミスをやらかしているのだが、まあ見なかったことにしよう。あとはいつものように日本橋手前で道を間違えつつもゴール。マラソンの日だったので、銀座のあたりは準備で忙しそうにしていた。割とタッチの差だったようである。このあと、渋谷で自分は離脱した。
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 ドライブとしては良くできているのだが、佐渡はとてもじゃないが観光したとは言えず、もう一度行く必要がある。広い島なので、山に登るとかもすれば3日は欲しい。しかしこういう大きめの離島は回るのに時間がかかるのであまり足が向かわない。結果的に奄美だ隠岐だといった本来先に埋めておくべき場所がごろごろ残っている。

 

○ドライブ2

  一転して今度は九州である。

 元はと言えば、トカラに行くつもりだった。しかもそれは9月の話でもちろん飛行機の予約もしていたのだが、その前日だかに羽田で雷雨があってダイヤがめちゃくちゃになっており、その煽りで飛行機が遅れて船に間に合わない時間に遅れていたので振替して10月のこの日になっていた。で、変更したあとなんでまたトカラにするのをやめたのかは覚えていないのだが、何らかの不都合があったのだろう。そのタイミングでsから連絡があり九州でドライブをやるぞという話にすり替わったという経緯がある。

 退社して羽田から鹿児島へ。ラーメンを食い鴨池で風呂に入ってネカフェに入ってこの日は終わり。鴨池のダイエーが閉店した話は聞いていたが、いざ実際にぽっかり何もなくなっているのを見ると寂しい。

 翌日は鹿屋で合流することになったので、鴨池からフェリーで垂水に渡り、そこからバスで鹿屋へ。鹿屋は逆にイオンが誕生しておりびっくりした。少し鉄道記念館で時間を潰してから、さんふらわあで志布志経由で来たsとリナシティで合流。

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 今回のドライブの目的は鹿児島から天草を抜けて長崎までの国道群になる。まずはその前の前座で、504をやるために鹿屋で合流した。これはある意味鹿児島空港アクセス道路みたいな作りになっており、阿久根まで向かう。途中いつものように隼人のAZに寄った以外大したイベントは無い。16時前に阿久根に着いた。花火大会があるらしく人がたくさんいたが、見るほどでもなさそうなのでスルー。阿久根の方のAZにも寄ってここは終わり。

 さて、阿久根からは国道499号線が始まっている。これがとんでもない曲者で、阿久根駅前から阿久根港までの100mくらいあった後、長崎半島先端に渡って長崎市内まで続くというものだ。こんなめんどくさいやつは今やっておくしかなく、後で長崎に行った時に続きをやれるよう伏線を張っておく。
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 ここからメインイベントの389号線になる。これは3号線から分かれて長島、天草に渡って牛深から鬼池、さらに島原に渡り雲仙を縦にぶち抜いた挙句また海を渡り長洲から大牟田でようやく終点というかなりふざけたルートである。誰だこんなルートを組んだやつは。

 本土と長島は橋で結ばれており、海峡は渦潮が見られることもあるらしい。残念ながら見れなかったが。長島では船の時間まで観光するが、思ったより広い島だったので消化不良気味。牛深に渡る船から少しだけ阿久根の花火が見えた。
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 天草は(たぶん)初訪問だ。たぶん、というのは前に上天草は行ったことがあるのだが、その時本島まで渡ったか記憶がないためである。ここに記録は上げてあるので、見返せばわかると思うが面倒だ。別に初めてかそうじゃないかなんてどうでも良いので、気にしないことにする。そのへんの店で夕食とするが、到着がそれなりに遅かったので飲食店があまり空いておらず、ちょっと苦労した記憶がある。

 天草を通る国道は、389以外にもふたつある。それが266と324の二本で、夜の余った時間を使って今回324も手を付けることにする。266は熊本市内が起点で、天草の南を通って牛深で終わるのだが、熊本まで出るのはちょっと大変なのと、国道ステッカー回収のためいずれ再訪の必要があるので今回はやらないことにした。一方324は389に負けず劣らず気持ち悪いルートで、三角から始まり北を回って苓北の富岡で一旦終了し、海上区間を挟んで長崎市茂木から長崎市街に向かい、浜町アーケードの中を通って最後は大波止で終わりになる。富岡から茂木は航路は存在しているのだが、高速船しかなく車は積めないので、レギュレーション的にはここは乗らなくとも一通したと言うことは可能である。こいつも最後は長崎ということで、今回まとめて片付けてしまいたい。なお、389は最初266と並走するが途中で分かれて単独区間で西海岸を進み、富岡から鬼池までは324と並走になる。

 今回は一通の流れに合うよう進む必要があるので、まず富岡経由で三角まで向かう。この途中、鬼池まで進んだところで389は一旦終わりだ。三角で折り返して324逆走を始め、再度富岡の港まで進んで一旦この区間を終了し、また富岡から鬼池まで進んでこの日の行程は終了という流れだ。もはや記憶の片隅にしかない499も含めて3国道が途中で終わる状態になっており、一体何をやっているんだろうかという気持ちになってくる。

 夜なのであまり観光はできないが、教会や三角の港など、かろうじて拾える範囲を拾いながら進み、2時に鬼池の港で寝た。本渡のタイヨーは24時間営業だったりと、思っていた以上に天草は活力がある島だった。いずれにせよ、266のためにまた来ないといけない。
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 翌朝。この日も良い天気である。日の出のタイミングで起きたので、少し散歩する。明らかに元RICの酒屋があったり、天草四郎の像があったりした。そういえば長崎の種々の教会は前の五島からちまちま見ているが、島原の乱関係のものは全然見ていない気がする。ほどほどで戻ってきて、7時の始発便で口之津に向かう。

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 口之津からは389を続行。雲仙の山の中を縦にぶち抜いて多比良へと続く。雲仙は少し暗い景色が良い場所があると思っていたのだが、全く無かった。しかし温泉街があるのでそこだけは意外と町という印象。しかし雲仙温泉は57も通っているので、わざわざ縦のこの道を国道指定するほどなのか?とも思える。

 389はこの先また長洲へと渡るので、ここで中断して他を倒しに行く。と言ってもここから長崎方面への手頃な国道はないので、特に一通もせず一路茂木へと向かった。長崎と言えばびわというのが桃鉄では定番だが、そのびわの主産地は茂木であり、そして茂木は全く長崎市の一部という感じがしないので奇妙である。本当は初夏に訪れたいところだが、今は秋なので季節外。そのへんの民家の庭先で100円で売っていたみかんだけ買った。

 ここから324を再開し、長崎まで。浜町アーケードは朝しか通れないので、ここは徒歩でやったことにした。いつも商店街の店で買っていた激安カステラがちょっと値上がりしていたのがショックだった。あとは残った部分をやり大波止近くの江戸崎交差点に出て324はおしまい。
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 次いで499をやるために野母崎に向かう。往復はつまらないので県道側を通ることにしたが、そのためまた茂木に出ることになった。ここから野母崎までの県道側はそれほど印象が残っていない。

 一通を再開する前に、野母崎の南にある樺島に寄っていった。灯台があるのとなぜか井戸に住んでいるオオウナギがいるくらいで、それほど大した島ではない。その後の499の途中も、時間が少し余っていそうだったので伊王島にも寄った。こちらはかなり観光地感があり、灯台の辺りはそれなりに人がいた。最後は長崎市電の通る大通りを抜けて大波止まで。324とは違い、こちらは大波止が正真正銘の起点である。

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 夕方になって、再び多比良まで戻り、最後に残った389を続ける。有明フェリーは観光地である島原を結び、時間短縮効果もかなり大きいだけあって乗客もかなり多かった。あとは大牟田までの残り少ない区間をサクッと倒し、これで389も終了。時刻は21時、お疲れ様でした。そのへんの店でラーメンを食べる。

 sもこの日は泊まって翌日帰るということで、ネカフェに向かうらしい。何故か福岡にいるわけだが、この後自分も鹿児島に戻らないといけない。しかしこの後の予定も考えていないので、とりあえず同じネカフェに入って考えることにした。ここで解散。
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 翌朝。鹿児島空港への移動方法の候補は肥薩線が壊れている影響であまり選択肢が取れず、熊本からの高速バスを使うことにした。それまではフリーなので、とりあえず逆方向ではあるが早朝からでも散歩できる柳川へ。実は柳川は全くの初訪問だったというのもわざわざ逆方向に向かった理由の一つではある。思った通りの水の町であり、あらゆる場所に水路が巡っていて良い。この日は何らかの祭りがあるようだったが、時間的にもそれまで待って見ると微妙になりそうだったので散歩だけして戻ることにした。

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 次いで再び大牟田へ。朝がまだだったので、近くにある朝からやっているカレー屋で食べた。日本人がやっていたが、ミサルパオなる西インドの典型的な朝食らしい。インドは奥が深い。まあ、全部カレー味ではあるのだが。

 いろいろな施設が開く時間になっていたので、三池炭鉱を見に行くことにした。宮原坑から専用鉄道跡を歩いて万田坑へ。中が意外と広そうだったのと宮原坑を見た後だったので、万田坑は入るのをやめておいた。近現代の遺産だけあって、建物もかなり残されていて見応えがある。

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 万田坑から歩いて荒尾へ。この後高速バスに乗ることもあるので、熊本に入る前に玉名で温泉に入ることにした。途中、ラーメンを食べてから公衆浴場に向かうと思ったより時間がない。お湯が熱めだったのでまあ問題なかったが、慌ただしかった。

 熊本は水前寺を観光しようと水前寺駅前からバスに乗ることにしていたのだが、上熊本から市電に乗ると思ったよりだいぶ時間がかかり、結局見る時間がなかった。今日はあまりにも時間計算が下手くそ過ぎる。昨日までずっと車移動だったので、感覚がちょっとずれていたか。
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 バスはそれなりに客がいた。特に熊本市内で渋滞に遭うこともなく、鹿児島空港に到着。最後に鳥刺しでも食べられないかと散歩したが、結局どこも開いていなかった。山形屋はじめ飯屋が混んでいたので、唯一空いていた中華料理屋でで夕食を食べて帰宅。
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 ドライブにしてはもったいないくらいに天気が良く、かつ面倒なルートをかなりやることができたので成果は大きい。しかしドライブと通常の旅行は質として別物であることも一方でよく実感され、バランスよくやっていかないといけないなという印象がある。ドライブはあくまで細長い線なので、いずれ隙間を埋めていく必要がある。

 

○伊豆

 寒くなってくると伊豆の季節になる。夏の伊豆なんてものは人が多くてやってられず、やはり冬場が良い。今回はバスのフリーきっぷを活用して主に南東側を中心に回った。

 初日、早起きするほどでもなく家を出て、まずは宇佐美へ。駅の近くにある台湾料理屋で昼飯にした。最近は台湾料理屋にあまり行っていなかった気がする。特に避けているわけではないのだが、行ってみるとやっていなかったりということが多い。

 この後みかんでも買おうと山側に上がったのだが、時期が少し早かったのか微妙なのしかなくて買うのはやめた。しかし伊豆という場所はこんなところでも山の上まで開発されていて気持ち悪い場所である。あとはなにか飲み物を買おうとスーパーに入り、投げ売りされていたキャラメルラテソーダみたいなやつを買ったのだが、思った通りの微妙な味だった記憶がある。

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 この日の宿は河津に取っていたのだが、電車賃の都合で一つ手前の今井浜海岸から歩いた。ここも大した駅ではないのだが、周りはホテルだらけだ。海岸も半分ホテルのプライベートビーチみたいになっている。うーん。

 河津まで歩くと夜になった。歩いている途中セネガル料理屋があったので、そこで晩飯にする。aがストリングホッパーと似ていると主張していたベルミッセルがあったので食べてみたが、別に似ていないと思う。味は悪くはないのだが、玉ねぎの主張が強すぎて最後はちょっときつかった。玉ねぎはいくら入れても良いと思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。

 夜は河津の外れにある一軒家のゲストハウス。温泉で安かったので特に文句はない。
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 翌日。ここからはフリーきっぷ利用になる。今回使ったのは東海バスの下田エリア2日券。東海バスからは様々なフリーきっぷが出ているが、全線はやたら高いので基本的にはエリア権の利用が良い。これはだいたい下田あるいは河津とつながっているエリアが対象になっていて、2日券で1100円だ。待合所でフリーきっぷ利用のことを伝えると、親切にも時刻表をくれた。特に予定を決めていないときのバスのフリーきっぷ利用は時刻表があるとだいぶ楽になるので助かる。

 河津から下田まではバスはあるのだが、直接つながっているものは本数がなく、実質的な区間は河津町の端までとなる。そこから街を抜けて下田に入るとこれまた下田駅に向かうバスがあるので、ここは歩くことにする。135を通っても良かったが、ここは谷沿いに付いている昔の生活道路であろう道を通ることにした。集落をどんどん登ると、峠に差し掛かるところにあけびが生っていた。せっかくなのできれいなやつを選んで食べてみるが、素朴な甘さがあって良い。種無しにできれば非常に魅力的な果物になると思うのだが。

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 峠を越えて下ると、下田に入って板戸一色へ。次のバスまでまだ時間があるので、行けるところまでは歩いておく。このあたりの海岸は砂浜になっており、こんな季節でも多くの人がいた(当然海水浴客はいないが)。あとは近くの神社がそれなりに有名なのか、こちらも人が多かった。追いついてきたバスに乗って下田へ。

 下田からどうするかは全く考えていなかってのだが、時刻表で本数と次のバスの時間を見て田牛(とうじ)へ。ここには龍宮窟というパンフレットにもよく載っている海蝕洞があった。写真の通りで2段構えの海蝕洞になっており、割と珍しい光景と思われる。ちなみに、手前側の海蝕洞の上を歩くことができる。また、この横に漂砂が崖錐を形成している場所があり、そり滑りしている子供達がいたが、意外と滑らないのか結構苦戦しているようであった。

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 道路としてはここで途切れているのだが、遊歩道が西に続いており別のバス路線に繋げられそうだということで、タライ岬なる岬を越える。海岸なので仕方ないがアップダウンが多い。しかし誰もいないのは良かった。

 西の弓ヶ浜に出ると、どうもこの日は集落の祭りらしい。一軒だけ休んでいなかった店で昼飯にした。この日はちょうどMLBワールドシリーズの最終戦だったので待っている間アマプラで見ていると、店員にどんな状況か聞かれた記憶がある。山本が最後ゲッツーを取ったのを確認して退店した。

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 次のバスで石廊崎へ。ここはさすがの観光地で人も多い。周辺を含め公演みたいになっており、謎の無料で入れるボロボロの植物園的なのがあった。しかし天気があまりよくなかったのでそれほど印象が良くない。あと思ったより灯台がしょぼい。

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 時間があったので一旦下賀茂で降りて少し散歩。あまり覚えていないが降りるバス停を間違えて若干面倒なことになった記憶がある。次のバスで下田へ。

 少し街を散歩したあと晩飯を食べようと夜でも魚の定食を食えそうな店に入った。店自体は大当たりでやたら雰囲気も良い割に値段もそこまでだったのだが、ある意味大誤算だったのがここでえらい量のあら煮が登場して大苦戦し、宿に向かうバスに間に合わんぞと大急ぎで退店することになった。最後は吐きそうになりながら走って、既に下田駅で発車済みだったところ信号待ちの間に先のバス停に回り込んだおかげで間一髪間に合った。
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 この日の宿は稲梓から奥に入ったところにある一軒宿だったのだが、安かった上に風呂が貸し切り利用できて良かった。

 翌日。この日は月曜祝日だ。朝のバスで再び下田へ。この日は天気が良い。とりあえず朝飯ということで、検索して出てきた店へ。あまりにもやっているのかどうか不明な見た目だったが、入るとちゃんとやっており、おばあちゃんのワンオペであった。ものすごい雑多な店だったが、居心地の良いところであった。テレビで流れていたのがNHKの病院ラジオだったのだが、これは良い番組だなと思った。
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 この日はまだ行けていない東の爪木崎に行くことにしたので、バスの時間まで下田を散策。下田公園に上がって眺めてみると、二重の湾構造になっていて良港だと理解できる。
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 爪木崎は今回訪問した岬の中では最も良かった。天気が良い補正はあるが、標高がなくて浜に降りやすいのが良い。灯台も立派だし、柱状節理もあったりする。戻りのバスが無かったので下田まで歩いて戻ったが、途中道がわからなくなり浄水場的な場所に迷い込んだ記憶がある。
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 全部歩くと時間が無くなったので、昼飯を適当に買って修善寺行きのバスへ。フリー区間は河津七滝までなので、そこで降りる。ここから七滝の遊歩道を歩いて上のバス停へ。良いところではあるが最初の滝以外は大したことがなかった。とは言えこのまま天城越えして修善寺まで行けば結構いいハイキングになると思う。
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 バスの時間に合わせて遊歩道を離脱し、来たやつで修善寺へ。温泉街は離れておりめんどくさいので、そのまままっすぐ帰った。小田原の500円のインドカレー屋で晩飯を食って帰宅。

 

 今回はバスのフリー切符をうまく使えたのでかなり満足感がある。公共交通機関は車のような自由度はないが、それゆえにデザイン性がありおもしろい。

 

○香港

 香港エクスプレスのセールで雑に取った。運賃がほぼ0で、燃サとか空港使用料とかで往復2万円くらい。コロナ以降相変わらず飛行機は高いが、まあこれならかなり良い方だろう。

 伊豆から帰ってきた3日後の木曜、仕事終わりに成田へ移動し、19時過ぎの飛行機で。窓側席だったが、途中台湾の夜景が綺麗に見えて良かった。多分台中だと思う。香港に着いて入国する前に、制限エリアで朝まで仮眠。なんかねじ曲がったいけずソファだったが、寝相さえ良ければ普通に寝れると思う。

 5時前に出国し空港の外へ。地図を見る限り徒歩脱出ができそうだったので、空港島を出て隣の東涌に向かうことにした。途中キャセイの本社があったり、謎の公園があったり。あとはちょっとした丘の展望台に登ったり。空港徒歩にしてはかなりイベントが多くおすすめできる。

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 東涌の駅中には既に空いている店があり、横並びのチェーン店の片方に入って朝食の粥を食った。香港の食費は日本と比べると割と高いのだが、朝飯に関してはまあ許容範囲という感じ。あと何にでも紅茶がついてくる。粥と紅茶は流石に変だと思うが…。なお、ホットミルクティーが最安で、アイスとかレモンにするとかすると値段が上がる(そっちを頼んでいる客も多い)。どの店でもこの紅茶なのだが、正直味は大したことがない。

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 食べ終わって外に出ると雨が降ってきた。やってられんので、とりあえず来たバスに乗ることに。なお、地下鉄を使わない理由はバスのほうが安いからである。連れて行かれたのは天水園という北側の新興住宅地の中心的な場所だった。雨はやんでいたので、とりあえず近くにある大きな公園を散歩する。典型的な朝の中国の公園という感じで、太極拳とかやっている人がいっぱいいた。

 ひと通り歩いて駅の開店前のショッピングモールも歩いてから次のバスに乗ろうとターミナルへ。行き先を眺めていると口岸という名前があり、これは深圳だろう。確かにだいぶ北にいるし、深圳なら物価も安いので昼飯を食って帰るのも悪くない。ちょうどバスが来たので乗ろうとすると、クレカのタッチ決済が拒否された。なんでか分からないが、これは乗れないらしい。調べたところ、タッチ決済によりバスにより対応具合がまちまちなようである。仕方ないので次に来たバスで香港島行きがあったので、それに乗ることに。実はこのバスも決済が通らなかったのだが、何故か運転手のおっちゃんが乗せてくれた。距離の長いバスなので結構得している。

 余談だが、香港のバスは系統ごとに均一料金になっている。基本的には距離に応じた料金だが、香港島に渡るものは高速を通るのでその分高くなる。あるバス停から別のバス停に行くとき、利用する系統により料金は異なるので、気をつける必要がある。また、逆に言うと先の方のバス停で降りるほど得ということになる。

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 バスにはかなり長い時間乗っていたが、また雨だったのでちょうど良い。香港のバスは電源もWi-Fiもあるのでかなり快適だ。今回、通信に関しては100円くらいで激安だった3GBのeSIMなので、まあ足りなくはないがWi-Fiはあるだけ良い。というか、だいたい先進国に旅行したときバスには電源がついていたので、やはり日本のバスはこの辺りが劣っているだけであろう。

 島に渡って終点のあたりで降りた。さっきまでの高層マンションこそあれど広々していた天水園と違い、こちらは想像通りの香港という感じでとにかく全てが密集していた。まだ雨が降っていたので適当に屋内に入ろうとうろうろしていると、ちょうど図書館があったので入った。香港中央図書館と書いてあったので、まあこれが一番でかい図書館なのだろう。建物は中央に巨大な吹き抜けを持つ10階建てくらいになっており、かなり大きく一都市国家を代表するだけはある。1階の隅っこではジュール・ヴェルヌの小展示をやっていたのと、上のフロアに空撮写真や昔の新聞などをたくさん並べている区画があったのが印象的だ。

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 雨がやんできたので少し歩いて回る。この辺りは中心のビジネス街からは離れ、結構雑多なエリアになっていた。なんかよく分からないものが売っているアジア的景観の商店の並びがあり、奥の山の方には中国らしい高層マンションがそびえ立っている。区画の端の方には小さな道観があり、そこそこの客が参拝していた。今度は少し山の方に入っていくと、傾斜地に高層マンションが連なっている。本当にすごい数あるのだが、一体どれだけ住人が入っているのだろうか。これはこれで、最も香港らしい景観の一つだと思う。

 ちょうど山越えして南に向かうバスが来たので乗ってみようとしたが、このバスもクレカは使えなかった。乗るのは諦めて降車。どうも空港や中心街に近いところから対応の機械を順次導入しているようである。見た目が同じバスだからといって使えるとは限らない。この辺りでバスには見切りをつけ、再び海の方に出て地下鉄に乗った。こちらは取り立てて述べるほどのことはない。とりあえず終点の柴灣まで行く。魚市場っぽい建物があったので行ってみたが普通の市場であった。近くのレストランで昼飯。適当に頼んだら胡椒強めのカレーソースがかかった豚肉を揚げたやつだった。味はまあまあだが豚肉が重い。値段は1500円くらいだったか。量がだいぶあるのでそれほど高いとは感じない。当然いつものミルクティーもついている。

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 ここから歩いて中心街に戻ることにした。が、この試みは失敗。次の杏花邸駅から先が崖地形になっておりまともに歩ける道がなく、試しに行ってみたところは途中から自動車道になったので諦めて帰ることになった。この辺りには砲台が置かれていたようで、地形的には重要な場所のようである。結局、地下鉄で北角へ。ここからは海沿いのプロムナードを西に歩いた。この辺は景色も良いし、開放感があるので沢山の人が散歩したり竿を出したりしていた(誰一人釣れていなかったが)。最初は遠くに見えていたセントラルの高層ビル群がだんだん近づいてくるが、意外と距離があって結構疲れる。

 セントラルの辺りは国体的なのが今後行われるようで、仮設のテントなどが設営されていた。そのためかもともとかは分からないが、歩いて通れない箇所が多く苦労した。おまけに雨まで降ってきたので、この辺りの印象は非常に悪い。

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 とりあえず雨から逃げようと、建物に入った。ビジネス街的なエリアで地下鉄と各ビルがつながっているのだが、いまいち商業施設がどこに入っているのかよく分からない印象だ。なお、ビル同士は結構つながっているので雨に濡れずに移動することも可能であるが、肝心なところでつながっていなかったりするし分かりにくいことこの上ない。

 日が暮れたころ、雨も上がったので、坂のエリアを回り始める。やはりこの辺りが歩く分には面白い。この辺りには世界一長いエスカレーターがあるのでそれに乗ろうと思ったのだが、実は上りしかなく下りはただの階段であった。あまりにも虚無。なお、世界一長いといっても20個くらいのエスカレーターの組み合わせである。

 いつの間にかかなり遅くなっており、店も閉まってきた。宿に向かわないといけないので、船で大陸側に渡る。船はセントラルから出ており、安いのもあって沢山の人が乗っていた。

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 大陸側に戻り、宿に向かう。今回の宿はかつての啓徳空港にあるコロナ期の隔離施設をそのままホテル化したもので、安いし出自が面白いという理由でここにした。しかし場所が微妙なので行くのが若干大変であった。バスで向かうが予約サイトに書いてある場所と実際の場所が一致しておらず苦労した記憶がある。なお、宿としては普通。しかし香港は宿が高めか怪しいところかになりがちなので、悪くはなさそうである。スーパーで買ったりんごなどを食べて夕食とした。

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 翌日。外に出ると送迎バスっぽいのが停まっていたので、それに乗ることにした。学生っぽい複数人が乗っており、どこに行くのか分からなかったが乗っても特に何も言われず、そのまま啓徳の駅に連れて行かれた。ということで、近くにある九龍城砦跡地へ。ここは今では公園になっており、往時の写真や模型などの展示があった。一度くらい行ってみたかったものである。

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 ここからさらに北に歩き、黄大仙廟なるでかい道観に行った。結構賑わっていたが、そこまで印象はない。中国ならこれくらいの寺院いくらでもある気がするが、香港はそれほどないのだろうか。駅の方に戻って適当なチェーン店で朝食にした。昨日は粥だったので、今回はパスタに。マカロニとかパスタ系もかなり朝食でよく見る。しかし鶏肉とパンも付いており、量はかなり多い。もちろん例の紅茶もある。
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 この辺の裏山は獅子山と呼ばれ、景色が良いらしいことが分かったので登ることにした。急斜面でそこそこしんどいが、まあ摩耶山の上りよりはマシという程度か。いかにも東南アジア然とした猿がいたが、どうも餌付けされている様子であった。登った先は獅子頭という小ピークが最も景色が良く、香港島まできれいに見渡すことができ非常に良い。背後にこんな山を抱える啓徳空港の異常な立地についてもよく理解できるものである。
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 来た道を下っても面白くないので、北の方に下る。下った先は沙田、カタカナに直すとシャティンであった。競馬場は街の外れの方にあるらしい。調べてみるとこの日はレースのない日であったが、そういう日は解放しているらしいので、歩いていってみることにした。

 競馬場自体は当然何もやっていないのでガラガラだったが、レースコースの内側が公園になっておりドッグランとして解放されていた。ちょこちょこ犬を走らせている人がいる。山で疲れていたのもあり、少し昼寝した。ここは北京五輪の馬術会場でもあったようで、五輪のモニュメントも展示していた。帰りは競馬場の最寄りに馬場というそのまんまなメトロの駅があるのだが、これは開催日限定らしい。隣の火田という駅からメトロに乗る。

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 いい加減香港の中心部に行くかということで、旺角で降りた。青空商店街になっている女人街をうろうろし、油麻地へ。ここは香港最大の果物マーケットがあるところで、ひと通り見て回った。香港らしく輸入物の果物が非常に多く、特に売り場を賑わわせていたのは岡山の晴王や長野のクイーンルージュなど。柿に関しては紀の川の他スペイン産も多く並んでいた。あとは中国内地産の柑橘類など、非常に豊富。値段的には日本のデパートくらいであった。今回は何も買わずスルー。
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 夕方になったので夕日を見られる場所に行こうと、香港島の西側の山に登ろうと思い立った。そう思うと飯を食っている時間もなさそうなのでとりあえずバスに乗る。ケネディの先の適当な場所で降りて山を登り始めるが、道に迷ったことを差し引いても普通に時間が足りなかった。流石に思いつきで適当に動きすぎたか。まあギリギリ適当な隙間から夕日を見ることはできたが。あとイノシシがいた。日本のイノシシより巨大で牙が長く、もっとつるっとしていてなんとなく獏みたいな感じ。割とおとなしそうであった。

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 登ったところから東にスライドし、ヴィクトリアピークを目指す。北向きに水平移動する展望の良い道だったが、ヴィクトリアピーク側からありえん数の観光客がやってきており辟易した。まあ、ヴィクトリアピークにはこれよりはるかに多い人がいたのだが…当然人が多いところに人が多いよりこういう普通の道に人が多いほうがよっぽど不快である。

 ヴィクトリアピークには展望台のある建物が2つほどあり、片方は有料だった。無料の方に向かう。中はショッピングセンター風になっており、レストランもどこも満員。展望台も誰か抜けた後ろからすぐに次が詰めてくるという感じでかなりやってられない。まあしかし、重ねて書くが景色はとても良い。疲れたので展望台の後ろの方の椅子で少し休憩した。
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 ヴィクトリアピークとは言うが、実際のところ真のピークではない。六甲山みたいなものだ。すでにもう2回目の登山なので疲れてはいたが、行かないといけないので行くことにした。真のピークは展望台があるところから道路をどんどん進んで上がっていく形になるのだが、場所が分かりにくい。Googleマップに書いてある太平山のピンが2つほどあるが、両方ハズレである。片方はレーダーサイトなのでそもそも立入禁止、もう片方はただのモニュメントだ。一般人が立ち入れる真のピークはどこかと言うと、太平山頂電波発射站というピンが建っている場所だ。街の景色だけならヴィクトリアピークのほうが上かもしれないが、ここまで来ると島の南側やヴィクトリアピーク周辺の住宅街も視界に入るし、何より人がいなくて空気の通りも良いのでこちらの方を個人的におすすめしたい。もちろん、それなりに手間がかかるが。来た道を戻って展望台まで戻り、ここからは旧道を通って下へ。

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 また晩飯を食いそこねた。というか、明らかにバテていた。足の疲れ以上に体調がしんどく、なんとかフェリー乗り場まで着いたがそこで動けなくなってしまった。座って理由を考えてみると、昼飯も昨日の残りのりんごなどの行動食で済ませていたので、塩分不足ではないかという結論に達した。ということで近くでポカリを買う。売店より自販機のほうが安かった。そのお陰か分からないが、若干体調はマシになったのでフェリーに乗ってまた対岸へ。
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 この日は宿がない。明日朝の飛行機で取るのを惜しんだというか、最悪取らなくてもよいかと思っていたためだ。実際、ひと通り回って治安は良いと確認できたので、この日は終夜動くことで宿代は圧縮することにした。

 夜にやることと言えば商業施設であり、とりあえずイオンに行った。 香港にはイオンモールはないが、昨日も見た通りイオンスタイルがたまにある。ここで行ったのは尖沙咀のショッピングモールの地下にある店で、売り場は広くなく主に食料品の取り扱いであった。閉店間際で客入りが多いのかどうかはよくわからん。何か土産を買った気もするし何も買わなかった気もする。そのあとなにか食べようかと佐敦のナイトマーケットに行ったが、飲んだくれている人がいるだけであまり気を引かなかったのでこちらもスルー。

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 結局ここまで飯が適当というかほぼ行動食のみなので、最後に朝飯で点心でも食べようと早朝からやっている店に前進配備することにした。空港に近づく荃湾というところ。このへんは住宅街なのだが、24時間営業の店なんかもありそれなりに繁盛していた。商業施設のWi-Fiが掴める場所でF1を見て時間を潰す。どのGPだったか、どんな結果だったかは何も覚えていない。終わったのが2時かそこらだったので、適当に公園に行ってベンチで横になった。その後3時か4時くらいには健康器具を使い始めるおばちゃんが現れ始め、香港の朝は早い。

 点心屋は5時前に行くともう空いていた。会話が一切通じないので全く理解できなかったが、常連客が勝手に入って勝手にお茶を淹れていたのでそれに従い適当に座る。どうも店自体は5時かららしい。5時になると注文を取りに来て、とりあえず茶を何にするか聞かれているっぽいことは分かったのだが、茶のリストがどこにもない。流石にこれならあるだろうと普洱茶と宣言すると無事運ばれてきて一安心。その後は伝統的な点心屋らしくワゴンで店員が蒸し物を配りに来る。海老焼売とおばちゃんにこれを食えと半分押し付けられたなんかよくわからん肉焼売(これが一番美味かった)、適当に取ったら案外さっきのと似たような感じだったうずらの乗った焼売、あとは期待したよりは微妙だったちまきを食べて2000円あまりくらいだったか。腸粉がなかったのが残念だったが、どうも口頭注文しないといけなかったらしい。しかし目移りするくらいいろいろあるのだが、一人だと種類を食べられないのが残念だ。値段はそこそこするが、体験として非常に良いものなので誰かとまた来たいところである。

 食べ終わったあとはバスで空港へ。7時に着き、ターミナルで時間を潰し9時の飛行機で成田へ。時差もあるので着いたのは15時前だった。
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 今回はセールのお陰でかなり安くまとまった。今回みたいに2万とまでは行かなくても、3万円くらいに収まるのならまた行きたいところだ。香港島も意外と広くてまだ見れていないところがたくさんあるし、山も魅力的なところがある。反省点としてはめんどくさがって交通カードを買わなかったことで、まあこれはバスで引っかからないことには分からなかったが、やはりそれくらいはめんどくさがらずに買っておいたほうが良い。次回はマカオ、深圳も行きたいところだ。というか、別に香港でなくても深圳で安い航空券が見つかればそれでも良いのだが…。学生の頃は日本に行き残しが多すぎて海外に目を向けている余裕がなかったが、今思うとちょっともったいなかったかもしれない。バランスの問題と言えばそうなのだが。今くらいの年2,3回海外も挟みつつ残りは国内中心のペースを維持したい。

 

○ドライブ3

 n氏シリーズその2。こちらはもう少し控えめで、1日あるので16号を空いている夜のうちに回るのが目的。

 都内で合流し、ちょうど0時くらいに横浜へ。16は全部繋がっていないものの環状扱いなので、起終点ともに高島町になる。この交差点も非常に複雑なので具体的にどこがちょうど0キロなのかよくわからんが、西側に起点っぽい片矢印がある。

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 今回は時計回りのルートを取る。つまり、横浜から西に出て東京、埼玉、千葉と周り横須賀から横浜に戻るルートだ。なお、富津と横須賀の間に航路はないので、今回は東京湾フェリーを使うことにする。

 16号自体は特に面白みのない道で、これが昼間で混んでいたらなかなか耐えられないだろう。一通り回った感想としては、町田はやはり神奈川ということくらいか。ちょうど朝に富津に着いた。岬のあたりでは大学陸上部の合宿で多くの人が走っていた。n氏によると合宿地として有名らしい。

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 東京湾フェリーに出るには南下する必要があり、そのついでに127もやることにする。こちらは木更津から館山まで。東京湾フェリーの乗り場は通り過ぎ、館山まで行って再度折り返す。途中、鋸南のレストランで朝飯にした。非常に客が多く、首都圏を感じさせる。あと時間潰しに保田の道の駅も寄ったが、こちらも異常な数の客がいた。このエリアそんなに見るところないか?
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 東京湾フェリーは午前の便にもかかわらずそこそこ客がいたが、特に問題なく最初の便で久里浜へ。横須賀に向かう途中観音崎を見て行った。交通アクセスが良くないので地味な場所だ。観光地としてはまとまりがなかった。
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 再び横浜に戻る途中、横浜港までの短い133があるのでそれも片付け、高島町に戻ってきて終わり。なんだかんだ17時くらいまでかかった。東京に戻り、解散。
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 16自体はまあ関東の輪郭というところもありそれなりに見どころある道ではあるのだが、それはそれとしてしょうもない道路である。しょうもなさもまた国道一通の構成要素と言える。

 

○SAGA

 珍しくANAのセールで飛行機を取った。特に強い意志が働いたというわけではなく、なんとなくANAも使っていこうかなと思った、ただそれだけ。ということで、JALの飛んでいない佐賀に行った。なお、帰りは福岡。佐賀空港は観光客的にはアクセスが良くないので、往復両方使う必要性はなかった。むしろ、基本的に高止まりしている福岡の代替と考えるのが良い。

 いつものように退勤後に佐賀空港に移動。空港からは徒歩も考えたが、流石に遠いのでやめた。バスで佐賀市内へ。上に観光客的にはアクセスが良くない、と書いたが、これは最寄りの公共交通が遠いという意味である。実際のところ、大して交通量のない道路で佐賀市内に直結なので、ビシネス的にはアクセスの良い空港と言っても良いだろう。

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 市内では色んなところでイルミネーションをやっているようだった。ということで、佐賀駅まで向かわずに手前の方で降りて見物しながら歩いた。規模としては大したことはないので、分散させずに1箇所に集中するほうが良いように思われる。その後まだ空いている店でラーメンを食べ、ネカフェへ。iboxとかいう九州地場ネカフェだったが、あまり印象はない。
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 翌朝。この日は嬉野に宿を取った。ネカフェを出てとりあえず佐賀城を見て、その後鍋島まで散歩した。佐賀市内をまともに歩くのは初めてなのだが、さすがは肥前で歴史ある建物も多いし、いたるところに水路があるので歩いていて面白い場所である。ラムーに寄ったら時間がなくなり最後はだいぶ走った記憶がある。
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 終点の肥前鹿島で降りた。この後は肥前浜の重伝建に行くつもりだったので、ここからは歩くことにする。駅前はなんということはないが、寂れた地場ショッピングセンターがあった程度か。通りの古そうなレストランに入りシシリアンライスを食べる。味は良いのだが一体どういう食べ物なのかいまいち分からない。調べたところ、米+肉+生野菜であれば良いらしい。店は常連で埋まっており割と良い雰囲気だった記憶がある。

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 肥前浜は重伝建が隣り合って2箇所ある。ひとつは駅前の通りの宿場町で、酒蔵がたくさんありそこそこ観光客がいる。もうひとつは川向かいの通りで、こちらは茅葺きの住宅が数件あるのだが人はいない。スタンプラリー的にはお手軽に2枚抜きできて良い。というか、近過ぎてふたつに分かれているという実感が一切ない。なお、肥前浜の駅も割とレトロな感じの雰囲気である。

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 次の列車で太良に向かった。このへんの長崎本線沿いに来るのは小6の習いごとの合宿的なやつ以来だ。実質、初訪問と言って良い。太良の駅には観光協会的な人が数人いて、みかんをいただいた。どうも、ちょうど駅中の観光案内所ができたところらしい。何しにこんなところに来たんだと聞かれたが、もう少し自信を持ったほうが良い。まあ、自分もこの辺の中心という以上に大した理由はないのだが。

 とりあえずそのへんをうろつく。海辺は有明海らしく潮が引いてだいぶ遠くまで陸が見えた。潮間帯に建つ鳥居のある神社の周りに数件牡蠣小屋があり、最初昼飯にしようかと思ったのだが、なんとなく店構えを見てやめた。あとは市役所やら図書館やら雑多に散歩。役場の横に謎のエッフェル塔みたいなのがあった。

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 本当は長崎本線から諫早周りで嬉野に入ろうと思っていたのだが、この先列車の本数がかなり少ないことが分かった。なのでここからは戻るしかないが、すぐ戻るのも面白くないということで、ここから南に進んだ糸岐という集落まで行って、バスで折り返すことにした。

 糸岐までは海岸の道を歩いて1時間くらい。パンフレットによると山沿いについた古道もあるらしいのだが、時間が読めないのでやめておいた。集落は非常に静かな湾内にあり、いたるところでみかんが栽培されていた。原付で横を抜けていったおっちゃんがドライバーを落としたので追いかけて届けてあげたところ、お礼にみかんを15個くらいいただいた。こちらからしたらとんでもない量だが、向こうからしたら半無限にあるのだろう。そんなこともあり、割と印象深い場所である。

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 再び肥前鹿島に戻り、バスで嬉野温泉へ。今回の宿は明らかに何かを居抜いたか改装した激安ゲストハウスで、いいところだが相当変だった。宿のおばちゃんと雑談したら、どういう経緯か自費出版のCDをくれた。なんでも民謡などをやっているらしい。まだ再生はしていない。

 宿は安い代わりに温泉がなかったので、公衆浴場のシーボルトの湯に入る。以前高速バスで嬉野に停まった際にやたら硫黄の匂いがしたので硫黄泉だと思っていたのだが、普通にナトリウム塩化物泉らしい。あの硫黄の匂いはなんだったんだろうか。まあ美人の湯として有名なので、こちらのほうがしっくり来る話ではある。晩飯は結構並んだが宿のおばちゃんに勧められた豆腐屋で食べた。温泉水で炊いた豆腐で、普通の豆腐だがやたらうまい。値段相応かと言うと微妙かもしれないが。

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 翌日。豆腐が美味かったので、また別の店に豆腐を食べに行った。こちらは1000円で湯豆腐おかわり自由なので2回おかわりした。もう一回できなくもなかったが、なんとなくやめておく。
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 この日はまずバスで波佐見へ向かう。波佐見と言えば焼き物の街だが、有田、伊万里と比べるとどうしても格落ちの印象がある。実際のところ、高級志向の磁気の有名な有田や伊万里と違い、こちらは庶民的な陶器の街という差が大きいのだろうか。町中には窯もたくさんあるし、陶器もそこら辺で売られている。あとはやきもの公園というのがあり、古今東西の窯が展示されておりマニアックだが面白い。

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 町の西には皿山という集落があり、ここも窯の集積地なのだが、町中のチラシでこの日公民館で人形浄瑠璃をやるという情報を得たので見に行くことにした。全く知らなかったのだが、長崎県の無形文化財に指定されているらしい。皿山までは意外と遠いのだが、歩いていく。到着するとちょうどいい時間であった。普通の公民館で、椅子席が2,30人分くらいか。7割くらいは埋まっていた印象だ。演目は冥途の飛脚、新口村の段で、太夫はいないので文楽座かどこかに吹き込んでもらったのを使っているらしい。細々と受け継がれている手作り感ある演目であった。まあ、今なお伝承されているだけですごい。最近補助金が降りて、それを使って八百屋お七をやろうとしているらしい。いずれにせよ、偶然良いものを見れた。
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 終わったあとは三川内まで歩いて抜けて、再び鉄道で有田へ。なお、三川内も同じく焼き物の街であり、道の駅の横に無料の資料館があったりするので、短い待ち時間で少しだけ見物した。道の駅では謎のイベントが行われていたが、出店以外はよく分からなかった。一体何だったんだろうか。

 有田は行き過ぎて、上有田で降りる。今の街の中心からは外れるのだが、こちらには採石場がある。行ってみるとほぼ山は削られ尽くしているように見えるが、一応まだ現役らしい。山一つの体積というのはいまいち想像がつかず、ポートアイランドの造成に西神周辺の山を削ったらしいが、それくらいの土砂で本当に島一つ作れるんだろうかという疑問がある。

 有田と上有田の間には古そうな町並みが続いており、焼き物の街らしくレンガの壁も見られる。もうひとつドンバイ壁というのもあり、これは窯に使う耐火レンガを再利用した壁らしい。活気は全く無いのだが、雰囲気は良いのでうまく活用してもらいたいものである。
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 有田に近づくとだいぶ町に賑わいが出てきて、歩いている観光客や外国人も多くなる。表通りに大方の陶磁器の販売店やカフェなんかが集まっており、非常にコンパクトな作りだ。まあ自分にはあまり用がないのだが。高台の神社の鳥居が磁気だったのはいかにも有田という感じで良い。
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 このあたりは動き方が下手くそでいろいろあったのだがそこは省略し、松浦鉄道で伊万里に出る。散歩ついでに若竹丸で晩飯でも食おうと思ったのだが、ありえないくらい混んでいたので撤収した記憶がある。夜だったのもあり大して観光はできず、今度松浦方面に行くときに再訪としたい。

 この日は宿のために唐津のネカフェに向かう。これに関してはより安価な宿の選択肢がなかったからという消極的な移動で、結構微妙な選択だったかという気持ちが今もある。一駅手前で降りて新中華で晩飯を食ったのだが、これもなんか微妙な選択だったなと当時は思った記憶がある。どういう理由だったかは覚えていないが。

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 翌日。この日は朝から島に渡ることにした。すぐ沖に見えている高島という小さい山だ。唐津城のたもとから1日5往復くらいは出ているので難易度的には低い。客は小さい高速船に半分くらい乗っていた。島には宝当神社というのがあり、開運スポット的な感じになって宝くじが売られていた。なんか俗っぽい島だ。島らしさはあるのだが、街に近いだけありカジュアルな感じ。島を一周しようと思ったが、次の船を待つほどでもなかったので1時間ほどの滞在で唐津に戻る。
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 唐津はこれまで何度か歩いているのだが、毎度のように唐津城や唐津銀行など回る。結構コンテンツの多い街なのだが毎回微妙な時間しかなく全部は見れていない感じだ。今回も旧高取邸が開いていなかったりで、相変わらず積み残しが発生している。
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 夜のうちに福岡市内に出たいので、東に進み始める。途中、人生で未訪の糸島に寄っていくことにした。糸島も広いので車がないと回りづらいのだが、とりあえず西の端の一貫山という駅で降りた。とりあえずGoogleマップに乗っていた椛島家住宅というところに行くと、特別公開をやっていたので入ってみた。普通の古民家のだが、寺の名前も書いてあるので寺でもあるらしい。見ていたら住職らしき人が出てきて、展示している書などいろいろ案内してくれた。「人生やりたい放題やれ」とか「大学出ている人間なら絵を描くとかピアノくらい弾けないとダメ」とか大変ありがたい言葉を頂戴した記憶がある。住職でありつつ幼稚園の経営もやっているらしい。その後お茶とお茶菓子までいただき、謎のイベントだった。

 その後近くにある神社も紹介されたので行く。某漫画の修行パートで斬ってた岩のモデルだとかなんとか。何年か前に帰省した際暇だったので実家においてあるのを一気読みしたのだが、一気読みだった上最初の方なのであまり記憶がない。

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 続いて箱島神社なるややレビューの多い神社があったのでそこまで歩いていったのだが、大したところではなかった上に歩道がないので面倒だった記憶がある。このすぐそばのレストランで昼飯。アコウの姿造りの定食が3000円しないくらいで出ていてだいぶ驚いたのだが、コスパよりコストが気になる人間なので手が出せなかったことを後悔している。他にもアカヤガラなどいくつかあったのだが、普通に1000円台だった日替わりを食した。キハタかなんかの刺身とカンパチの煮付け。店主は糸島で魚を仕入れているらしいのだが、もう寒く年末も近いので漁師が高齢化する中で入荷も減っており、なんとか大きいカンパチを仕入れたのでこれでしばらく粘るらしい。と言いつつ自分の分で日替わり用のアラがもう終わったので普通に身を入れたと言っていたが…。魚の入荷もその日次第なのだが、客にこれはどんな魚だとやたら聞かれるので仕方なく魚の画像を印刷したマグネットを作って貼るようにしたところ、今ではかなりの種類になったとのこと。他にも神社に駐車場がないから敷地に勝手に停められるだとか、愚痴だったりいろいろ面白い話は聞けた。こんな周囲にほとんど建物のない場所でレストランをやる方も大概だと思うが。そのあたり含めいい店だったので、今度近くを通ることがあったらまた行きたい。しかし野菜も魚も糸島はすべて揃うのが良いと言う点については相当自信を持っているようで、やはりファーマーズ全国最強なだけある地域である。
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 糸島の沖には姫島というこれまた小さい島があるので、そちらに行くことにした。船は岐志という牡蠣小屋が並ぶ小さな港から出る。バスの本数もないので歩いていくが、途中東南アジア系の集団にバス停はどこかと聞かれたりした。そのバス停は片側にしかバス停がないタイプで、その片側に反対は道路の向かいで待てと日本語で書かれていたので理解できなくて仕方ない。向こうもそのへんの通行人にそんなことを言われても不安だっただろうが、こちらとしてはこれ以上どうしようもない。旅行していると外国人の労働者が増えているのは北海道から沖縄まで全国共通で、明らかにコロナを境に変わったなと感じる。東京は地方からストローできるが、地方はその先がない。そういうわけで、外国人労働者は地方のほうが増加が顕著であるように見える。国内はこれくらいの解像度で物事が見えるので、やはり国内は終わりがなく、その都度ちゃんと巡ったほうが良いなと思う。

 話がそれたが、姫島は高島同様そこまで本土から離れているわけでもないのだが、こちらは出てもその先が糸島の端ということもあり、より島らしさを保っているように見える。この島は猫が多く、観光地でもなんでもないので穏やかで良いところだ。堤防沿いの道を歩いていると、堤防の上を猫がとことこと5分以上にわたって着いてきた。こちらが止まれば向こうも止まるし、こちらが歩き出せばまた着いてくる。当然餌もなにもやっていなのだが。急に相棒を得たような、えも言われぬ感情が湧き上がってきてとても印象に残っている。今も元気にしているだろうか。

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 岐志に戻り、バスで戻る。前原までは行かず途中で降りて、鳥で晩飯にした。論外な伊万里本店と違い、糸島店は比較的空いている。本物の鳥は初めてだったが、正直偽鳥とそこまで味の違いは分からなかった。

 その後、乗り換えのある前原で少し散歩してから姪浜へ。地下鉄に乗り継ぐ分の料金がかかるので、ここから歩いてネカフェへ。余談だが、この間で駅メモの駅数が9000を超えた。9100まで残すはホームストレートだ。

 翌朝、橋本から地下鉄で空港に行き、飛行機で帰ってそのまま働いた。

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 佐賀はあまりにも回れていなかったので、今回でだいぶ埋めることができた。九州は人と車で回ってばかりだ。そうなると行けていないところが当然たくさんあるので、まだまだ埋まっていないところもたくさんある。しかもこのへんは地味に離島が多い。継続的にやっていかないといけない。

 しかし今回は謎に人とのコミュニケーションが多い回であった。ときどき、そういうことがある。

 

○年末

 年末はちょうど27からフリーだったので、18きっぷを使おうと思っていた。分割利用ができなくなり利用価値が激減した中で、明確に移動の必要と十分な日程があるため唯一出番がある条件と言ってよいだろう。

 初日は職場の人々と石打丸山に行こうかという話があったのだが、気温が高く雪が全然ないということで、前日に延期になった。…のだが、なんとなく天気は良いので気が変わって滑りに行きたくなったこと、ちょうどムイカがこの日オープンでリフト券半額になることを知ったこと、深夜に関越道の大規模な事故があり確実に客が少ないと読めたことの3条件が重なり、急遽1日分を使ってムイカに行くことにした。

 この日は新しい板のデビュー日でもあった。今までよりは硬い板になったので、最初はだいぶ戸惑った。ラディウスをあるていど意識すると言うか、板が勝手に曲がろうとするのでそれに合わせて勝手に体が戻っていく感じがある。最初はそれがうまく行かず、緩傾斜のところで急に逆エッジが入って転けたりした。とは言え、午後にはだいぶ慣れたが。

 確かに雪はあまりなかったが、人も少なかったのですこぶる快適。むしろこれだけ人が少ないなら思い切って上越国際とか大きなゲレンデに行っても良かったのかも知れないが、あくまで新しい板の慣らしを重視したのでまあこれで良いか。この日は一旦家に帰る。

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 翌日、板を家に置いて再出発。中央線で西に向かうことにした。

 関西まで戻るとなると、あまり時間はない。今回は甲斐大和で降りて天目山の方へ少し散歩した。とは言えあまり奥まで行く時間はないので、勝頼の墓がある景徳院まで行って折り返す。

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 次は松本で降り、小木曽でそばを食べてから浅間温泉まで散歩。浅間温泉は初めてだったのだが、道中に現役のマイショップがありびっくりした。この磁気の温泉地だけあり、人は多い。ここまで来れば松本市街がよく見えるものと思っていたが、意外と眺望の良いところがなかった記憶がある。

 この時期は日暮れも早いので、下まで戻ってきた頃にはもう辺りが真っ暗になっていた。松本城がプロジェクションマッピングをやっているという情報を昼に見たので見に行ったが、結構派手な演出がされていて客もかなり多かった。ダムでやるよりは観光的には良いと思う。まあ、ダムでやるのは電力の自家消費という点では良いのだが。

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 この日は時間的に名古屋でストップ。西口で適当なものを食べようと思ったら、どこもありえないくらい混んでいて嫌な気持ちになった。これが年末か。仕方なく前行ったスリランカ料理屋に行くと、当たり前のように誰もいなかった。落ち着く。

 この日の宿は亜熱帯。
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 翌日。

 この日は午後に京都で恒例のボルダリングからの龍門からのオプションで麻雀が発生するものの、それまでノープランだったので、とりあえず行ったことのない真清田神社に行った。熱田の影に隠れているが、でかくて立派である。一宮の駅はいつの間にか要塞化されていた。

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 米原で琵琶湖線が遅れており、一方ですぐに長浜行きが来たのでそれに飛び乗った。長浜で降りて少し散歩。城の宣伝で初めて来年の大河が豊臣であることを知る。長浜も実はあまり観光できていないのだが、琵琶湖線が派手に遅れる中でこの後北から湖西周りで行きたい気持ちがあり、そこは諦めてさっさと塩津に向かうことにした。乗り換えて今津へ。

 湖西は毎度通過のみで観光しなかったことに対して後悔があったので、ちょうどよい機会だ。今津は竹生島への起点になる場所で、港に行くと琵琶湖周航の歌が流れており船待ちの客がいた。琵琶湖周航の歌は割と最近までわれは海の子とごっちゃになっていたのだが、出だしが似過ぎているので許してほしい。そもそも琵琶湖周航の歌自体、京都にいなければタイトルすらほとんど聞かない気もするが。あとは魚屋が数軒あり、もちろん琵琶湖の魚が売られているのだが、その中に雑魚焼なるものがあった。モロコだとかワカサギだとか、そういうの以外を全部雑魚としてまとめて焼いたり炊いたりしているらしい。食べてみると、確かに1匹ごとに味が異なり面白い。琵琶湖の漁獲も年々減っていると聞くが、文化として残ってほしいものである。

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 続いて、隣の新旭からあるいて針江の集落に行った。ここは高島のいわゆる水郷のひとつで、集落のいたるところを水が流れている。しかし観光客はあまり歓迎されていない感じの雰囲気だったので、適当に歩いてさっさと撤収。まあ確かにツアー客とかはさておき個人の観光客なんて金も落とさないし不審者と何も変わらんという話ではあるのだが…これ以上は言わないでおく。

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 京都駅から歩いて大学の方へ。久々に関西のうどんが食べたくなったので、そのへんの昔からやってそうな店に入って卵とじを食べる。やわらかくて優しい味のうどんで、まさに食べたかったもの。麺は讃岐で良いのだが、讃岐の出汁は塩気が強いのでトータルでは関西のうどんが好みである。

 ボルダリングは会社の同僚とばったり出くわすという意味不明な出来事があった。お互い東京で働いているにも関わらず。当然ながら向こうも滅多と来るわけではないらしい。自分も年1,2回なので、ありえないことが起こったという域にある。その後の龍門はいつも通り優れており、麻雀は微妙にプラスで終了した。その後一旦実家へ。

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 実家にいても掃除などの手伝いに駆り出されるだけなのと、18きっぷがもったいないので仮眠してから出発する。どういう思考回路で動いたか全く覚えていないのだが、適当にJRに乗って最初おおさか東線に乗ろうと柏原に向かった後、何を思ったか山陰に行きたくなり津山に宿を取って終電で向かった。津山線の駅メモ埋めだろうか。

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 翌日。この日が大晦日になる。津山を出て、智頭を回って鳥取へ。因美線の智頭より南は過去に通ったことがないと記憶しているので、乗りつぶしだったんだろうか。

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 鳥取からは東に進む。ここは明確に過去ほとんど行っていないエリアで、兵庫出身にも関わらず但馬をほとんど訪れていない状態だったわけだ。諸寄、餘部、浜坂、香住と順番にたどる。いずれも冬の日本海らしい雰囲気があり、気持ち的には見たいものが見れたという感じだ。香住はカニ屋が賑わっているものと思っていたが、流石に年末が近過ぎたのか閑散としていた。

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 続いて城崎温泉へ。ここも一人では巡ったことがない。しかしこちらは一転してすごい人出であった。通りもかなり混んでいる(といっても一部だけだが)。せっかくなので公衆浴場に入ったが、こちらもかなりの人であった。
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 最後に、江原のバーガーシティで晩飯にした。大晦日まで営業されており、全く頭が下がる。ここはいつか行かねばとだいぶ前から思っていたので、閉まる前に来れて良かった。まあ、当面は続けそうな活気があるが。あとは実家に戻り、そばを食って年越し。
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 この件に関しては年末まとめ記事があるので総括はしない。まあ、こんなもんだろう。

 

○その他

 9月の初めに梨リベンジをやった。今度は彩玉狙いで埼玉へ。久喜からモラージュ菖蒲のあたりまで、バスと徒歩で散策した。少し時期的にも遅いので苦労したが、無事地図に乗っていない直売所で彩玉を購入できた。普通に豊水とかを買う分には、モラージュの中にあるスーパーとか農産物の販売所とかに行けば無限にある。モラージュ以外にも久喜のヨーカドーや鷲宮のアリオなんかも行ったが、結構特徴が違っていて面白い。初訪問だがモラージュはかなりしゃれていて、ららぽーとより一段凝っている印象がある。

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 10月の初め、親が誕生日で飯を食うから暇なら来いと言われ、大阪まで行ってきた。ちょうど秋の乗り放題パスの時期だったので、在来移動。行きは法多山に寄っていった。トライナリーで知って以来、いつでも行けると思いつつ微妙に駅から遠かったのでようやく訪問が叶った。当然団子も食べる。可睡齋もいずれ行かねば。あと安城も寄った。こちらは梨目当てだったものの空振り。コロナワールドとららぽーとだけ見て戻ることになった。新美南吉が下宿していたとかなんとかで、やや町も推しているらしい。夜に大阪に着き、中華料理を食って実家で就寝。

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 帰りは中央線周りで。こちらは当然時間がかかるので、あまり寄り道もなし。塩尻でぶどうを買いに行ったのだが、駅から近いところに何軒かあり、ちょうど乗り換えで余儀ない停止が発生する可能性が高いので今後も意識しておこうと思う。あとは諏訪でまあ一応行っておくかと片倉館に行った。広いが人も結構多いし結構塩素臭があるしで、まあこんなもんやろなと思った通りのクオリティで、下諏訪の銭湯で良いと認識。あとは甲府で小作を食べて帰った。大した寄り道でもないがこれだけコンテンツがあるので中央線沿いはやはり優秀。

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 翌日は普通に仕事だったのだが、一日余ってもったいないので、気合の15時退勤を決めて千歳烏山へ。特に何があるというわけでもなかったが、行ってみたかったので。実際大して何もなかったが、中秋の名月で月が綺麗だった記憶がある。まあフリーきっぷの余りを有効活用できたということで、それで十分だ。一応駅メモは新駅だし。

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 12月に家族が来た。なんかディズニーに行ったらしいが、金曜だったので自分は行かず。その後の土曜日はどうするのかと思っていたが、前夜に急に日光に行きたいなどと言い出したので、車を借りていくことになった。自分はついこの前行ったとこだが、まあそれは言わないでおく。とりあえず東照宮に行き、その後華厳の滝へ。結構遅い時期だったのでいろは坂は冬季タイヤが望ましかったが、ここ数日の気温と現在時刻、ライブカメラの状況から問題ないと判断して上がった(実際問題なし)。滝だけ見てさっさと帰る。しかしそんなに埼玉には魅力がないか…。

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 飯関係の話。孫の奢りキャンペーン(p○yp○yの20%キャッシュバック)を近所でやっていたので、結構飯屋開拓をした。正直2割返ってくるからといって自炊するよりは高いし、人が来たときのために知っておくかという言い訳を立てておいたところで誰もうちには来ないのだが。まあしかしそれなりに良い店も分かった。ただ、結局2割引き無しでまた行くかと言うと、少々腰が重い。結局、何をするにも理由はふたついるのだ。

 あとは海外料理系もいくつか。退職した同僚とアラブ料理屋に行った。アラブ料理は食べたことがなく、説明不能な味のものもあり良かった。クナーファがおいしい。激甘ながら、店主によるとこれでも抑えめらしい。あとはpが来たので回転火鍋屋に行ったりした。回転寿司が回転しなくなる中、こちらは若干景気が良い。まだ日本人には一切広まっていないと思われる。

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 スキー板を買い替えた。適当に神保町に行き、最初石井スポーツにしようと思ったが、なんか店員が他の客にかかりきりになってるしで微妙だったのでカンダハーで買った。予算とかも特になかったので、半分店員に勧められるままに買う。atomicの若干良い板と、rexxamのブーツ。買ったあとでこれだいぶテンプレ中年基礎スキー勢っぽい組み合わせやなと思いちょっと後悔している。まあものに不満があるわけではないのだが。特にブーツはもう一段くらい安いのでも良かったかな。もともと板も靴も親のお下がりで、板は母親が20年くらい前に使っていたやつ、靴は父親が40年くらい前に使っていたやつというとんでもない状態だったのだが、ようやく買い替えたので呪縛から解き放たれた気分だ。別に親との確執がとかそういう意味ではなく、まだ使える物の買い替えが苦手な自分の呪いという意味で。あまりにも資本主義に向いていない。ちなみにストックはいつからあるのかもわからんやつをまだ使っている。こっちも身長に合っているのかよくわからんので買い直すべきなのだが。

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 これはリアルタイムの話で今は半年後の2026年6月にあたるのだが、最近管理画面のアクセス解析によるとこのブログの訪問者が有意に多い。というか4月くらいから倍以上になっている。まあなんとなく想像はつくのだが、昔興味で入れてずっと放置していたアナリティクスを起動して、なんだこのわかりにくい説明はと思いながら見てみると、どうも国籍は中国が多く、平均のページの閲覧時間が1秒に満たないことが分かった。半分は想像の通りだったが、正体は恐らく中国AIが学習データを集めているのであろう。半分は、というのは中国に限らず生成AIが検索でここにアクセスしていると想像していたので、AIという部分だけがあたりという意味である。それはさておき、それくらい好きにするが良い。ただしAIも学習する日本語は選んだほうが良いとは思うが。

 なお、このブームは1ヶ月足らずで終了し、アクセス数はもとに戻った。平和。

 

 これで2025年分まで終わり、今が26年7月なので半年あまりの遅れになる。少しずつ追いついてきている。年末までは厳しそうだが、来年くらいには追いつきたいところである。